35. 理解不能なこのキモチ
「お帰り、さんぞー!」
三仏神の依頼を終えて寺院に帰ってきた三蔵をいつものように出迎えた。走り寄ると、三蔵が何か抱きかかえているのがわかった。
そんなに大きくはない。白いふわふわの何か。
「三蔵、これ、なに?」
「手を出すな」
伸ばした手に鋭い痛みが走った。思わず手を引っ込める。
白いふわふわ何かが身を起こし、こちらを睨むかのように見ていた。
白いふわふわの――。
「猫?」
「に、似た霊獣だそうだ。人の手には懐かない」
と言いつつ、三蔵の手が落ち着かせるようにその『猫』の背を撫でると、『猫』は三蔵の方を向き、目を細めて三蔵の方に身をすりつけた。
「あっ!」
思わず声が出た。三蔵が訝しげにこちらを見た。
三蔵に甘えている。
そんなこと、するなんて。
そんなこと、三蔵が許すなんて。
どうして――?
そう思った言葉は結局、声には出せなかった。
だって、霊獣とはいえ、動物だ。懐いている人間に甘えるのは、あたり前。
だけど。だけど――。
さっき引っ掻かれた傷が急に痛み出した。
夕食時、三蔵の私室の扉を開けて、目の前に飛び込んできた光景に足が止まった。
椅子に座る三蔵の膝の上には――。
「なんで、そいつがそこにいるの?」
思わず詰問する口調になる。
だって、我が物顔でさっきの『猫』が三蔵の膝の上にいるんだもん。
「どうしてだが、自分からメシを喰わねぇんだよ、こいつ。しかも、俺の手からしか喰わん」
面倒臭げに三蔵が言った。
あらためて『猫』を見る。なぜか勝ち誇ったような顔をしているように見えた。
そして、就寝時。
枕を抱えて三蔵の部屋に行った。ベッドに腰掛けて新聞を読んでいる三蔵の足に擦り寄っている『猫』
それが、いきなり威嚇の声をあげた。
三蔵が溜息をついた。
「今日は駄目だ」
「……そいつと一緒に寝るから?」
「別に一緒に寝るわけじゃない」
けど、きっと、三蔵が寝ているとこに潜り込んでくる。で、三蔵は追い出さないんだ。
なんか泣きたくなってきた。
「明日、三仏神に引き渡す」
くしゃりと髪の毛をかき回された。
「今日は我慢しろ」
そう言う紫暗の瞳には優しげな色が浮かんでいた。
なかなか眠れなかった。
今、三蔵の一番近くにいるのは、あの『猫』。俺じゃない。
それが、とても悲しかった。
いや、悲しい、というのは少し違う。なんだろう、これは。
ずっと、ずっと、三蔵のそばにいれると思っていた。ずっと、三蔵の一番近くに。
それなのに。
置いていかれるとか、捨てられるとか、そういうことは考えたことがあったけど、三蔵がいるのに、一番近くにいれないなんて考えたこと、なかった。
あの『猫』は、明日、三仏神に引き渡すと言っていた。だから、明日からまた元通り。また三蔵の一番近くにいれる。
でも、これから先、あの『猫』みたいなものが現れたら?
三蔵が、何よりも一番大切に思う存在。そんなものが現れたら?
そして、それが、人間、だったら――。
胸が苦しくなる。ざわざわと音をたてているのが聞こえるようだ。
だからといって、何をしたいのか。
どうして欲しいのか。
――わからない。
理解不能なこのキモチ。
もう、眠れそうになかった。