36. しようよ。
ふと目が覚めた。
夜に目が覚めるなんて、凄く珍しい。たいてい目を閉じるとそのまま熟睡で、起きたら朝ごはんの時間だから。
まだチビの頃、怖い夢を見て、夜中に目を覚ますことはたまにあった。怖くて怖くて、でも思い出せない夢。夜の闇の中にたった一人で取り残されてしまった感覚。泣きながら三蔵を呼ぶ。
そういう時の三蔵は凄く優しくて……。
って、あれ? 三蔵は?
そんなことを考えていたら、突然、三蔵がいないことに気がついた。
悟浄や八戒を起こさないよう、そっとジープを降りる。
西へ向かう旅の途中。今日は野宿。というか、ジープが寝床。広い森で、一日では抜けられなかった。八戒によると、この森を抜けたところですぐに町があるわけじゃないみたい。ってゆーことは、しばらくはゆっくりと手足を伸ばして眠れないということだ。
三蔵はどこに行ったんだろう。そんな状態が長く続くんだから、少しでも眠って体力を温存しておかなくちゃならないのに。
左右を見ながら森の奥にと進んでいくが、三蔵の姿はどこにもない。しばらくすると、崖みたいなところにぶつかった。なんとなくその上に三蔵がいるような気がした。辺りを見回すと、上に続いてそうな道があった。
狭い道をあがっていく。歩いているうちに森の木々が下に見えるようになった。かなりの高さまで登ってきたかなと思う頃、少し開けたところに出た。
最初に目に飛び込んできたのは、大きな月。
森の中にいたときは木々に邪魔されて気がつかなかったけど、今夜は満月。冴え冴えとした光を放っている。
そして、まるで月を従えるかのように、三蔵がそこにいた。
月明かりに淡く輝く髪のせいで、少し輪郭がぼやけたように見える。だけど、その顔に落ちる影はいつもよりも深い。
綺麗、だった。
四六時中見ているのだから少しは見慣れるのでは、と自分でも思うけど、やっぱり三蔵は綺麗で、時々見とれる。
月を見ている三蔵。
その紫暗の瞳と同じように、冷たい光を投げかける月。
なんだか、その二つは一緒のもののようで。
急に――怖くなった。
三蔵の元に走り寄った。
身を投げ出すようにして、すがりつく。
「何をする!」
だが、いきなりのことだったので、体当たりをかましてしまったような格好になり、三蔵ともども地面に倒れ込んだ。
三蔵は驚き、それからムッとしたような顔で懐に手を入れたが、目が合うと手を止めて怪訝そうな表情を浮かべた。
たぶん、俺が泣きそうにしているのに気づいたのだろう。
三蔵が何か言う前に口にした。
「しようよ」
しようよ。
後で思い出すと、顔から火が出るような台詞だったが、そのときは何とも思わなかった。
必死だった。
「……直球だな」
軽く目を見張って、三蔵が言った。
呆れている。
構わずに唇を塞いだ。舌を滑り込ませると、応えてきた。深く口づける。互いの舌を絡ませて、吐息まで奪うように。
「ふ……」
自分から仕掛けたキスだったけど、体中に甘い感覚が広がって力が抜けていく。もうキスを続けていられなくなって、三蔵の腕の中にと崩れ落ちた。
「本当にこんなところでスルつもりか?」
揶揄するような楽しげな声が頭の上から響いた。
こっちはもういっぱい、いっぱいなのに、なんだってこの人はいつも余裕なんだろう。
荒い息のまま顔をあげて、睨みつけた。
「そんな涙目で睨んでも」
三蔵はフッと笑うと、俺の腕を掴んであっという間に体を入れ替えた。
背中に堅い地面の感触。
「それとも、それさえも誘っているのか?」
三蔵の顔が近付いてきた。そして、またキス。意地悪な口調とは裏腹にとても優しいキスが何度も降ってくる。
「さん……ぞ……」
首に手を回して、もう一度深く口づけた。
何でもできると思った。
月に取られるくらいなら。
この人を地に留めておけるものなら。
何でもするよ、三蔵。だから――。
だから、どこにもいかないで。
月が雲に隠れていった。
まるで、夜の闇を深くするように。
「ふっ……ん、さんぞ……あっ……」
秘め事を隠すかのように。