37. 誘拐・軟禁・動物虐待!?


 初めて見たときから、変な人たちだなぁ、とは思ったんだけど。
 だって、頭からすっぽりとマントを被って、サングラスをかけて。どっから見ても怪しいでしょ、それ。でも一人は子供で、それと、なんか可愛い白い生き物を連れてて。まぁ、子供と動物連れなら、そんなに悪い人たちじゃないだろうと思った。
 でも、宿帳に書いてもらった名前を見て、早くもその考えがぐらついた。うーん。あからさまに偽名。でもな、このとこ、ホントにお客さんが少なくなってるし、背に腹は代えられないよね。
 そうやって、ちょっと不安になってたら、梅花メイファがやってきて、その人たちの方に寄って行った。あ、梅花っていうのはウチで飼っている猫。茶トラの仔猫で、とても気難しい。万年お愛想猫で、ウチの宿屋の看板娘になってる梨蓮リーレンとは大違い。その梅花が珍しく子供に甘えるように纏わりついて、抱きかかえられても大人しくしてた。これはポイント高い。
 さっさと部屋に行っちゃった人が一人いるのが気にかかるけど(もしかして猫嫌い?)、ま、とりあえず大丈夫かな、って思った。
 で、サービスのお茶とお茶請けを持って部屋に行こうとしたら、すっごい勢いで扉が開いて、白い生き物を抱えた子供が弾丸のように飛び出してきた。そのまま階段を駆け下りて、外にと走り去っていく。なんか『嵐のように』って感じ。
 呆然とそれを見送っていたら、部屋から声が聞こえてきた。
「大人気ないですね、あなたは」
「飼い主なんだから、ちゃんと連れ戻して来いよ?」
 飼い主? あぁ、さっきの白い生き物ね。
「そんな嫌そうな顔をしなくても。だいたい最初に連れ出したのはあなたでしょ?」
「そういやぁ、そもそもどうやって手なずけたんだ? エサで釣ったとか?」
「騙して連れてきたとか?」
 え? 何、今の。騙して連れてきた? なんか不穏なことをおっしゃってません?
「無理矢理さらってきたとか?」
 それって誘拐じゃ……。
「で、あんな窮屈なとこに閉じこめて」
「ちょっと可哀相だったよな。自由に遊びまわれなかっただろうに」
 軟禁?
「それによく殴ってましたよね、アレで」
 えぇ!? 動物虐待!?
 パニックになる。悪い人たちじゃないと思っちゃったけど。とんでもない話を聞いちゃった。もう。梅花のカンはアテにならない。
 ぐらぐらする頭を抱えてそのまま引き返す。とりあえず、あの白い生き物、保護してあげなくちゃ。殴るなんて、殴るなんてっ!
 子供が走り去った方に足を向ける。こっちは森に向かう一本道。森の中に入られちゃったら捜すのはたいへん……。
 そう思ってたら、案の定。夕闇が迫ってきたけど、子供の姿は見当たらなかった。あーもう。どこに行ったんだろう。
「あれ、お嬢さん」
 と、いきなり後ろから声をかけられた。振り向くと、見事な赤い髪が目に入った。
「こんなところで会うなんて奇遇だね。これはもう運命って感じ?」
 そう言われて手を握られる。
 サングラスとマントがないから、すぐにはわからなかったけど、その口調と行動でさっきのお客さんの一人だとわかる。さっきもこんなことして、仲間の人に足蹴にされていた。
 この人、カッコいいんだけど、なんか軽そう。
 って、そんなことはどうでもいいんだ。抗議、しなくちゃ。
「さっきの白い生き物、子供が連れていた……」
 さりげなく手を取り戻して言う。
「子供? あぁ、小猿ちゃんね」
 小猿?
 ちょっと考え込んでいるうちに、赤い髪の男性が近づいてきた。それにつられて、二、三歩、後退すると背中に木がぶつかった。その木に手をかけて、こちらに向かって上体を折り曲げてくる。
 ん、と。これは……。
「悟浄、呆れられてますよ」
 柔らかな声がした。声の方を向くと、にこにこと笑っている人当たりの良さそうな人ともう一人。
 びっくりした。
 というか、一瞬、思考が停止した。
 だって、凄い綺麗な人。いや、男の人に『綺麗』という形容詞を使っていいのかってのはあるけど、でも他に言いようがない。
「そこだ」
 その人はあごをしゃくって一言短く言った。
 思わずその方向に視線を向ける。全然気付かなかったけど、近くの木の陰に子供がいた。白い生き物を抱えて座り込んでいる。
「さすが、飼い主さま」
 目の前の赤い髪の男性が言う。
 ピィと一声ないて、子供の手から白い生き物が飛び立ち、優しげな微笑みを浮かべている男性の肩に降りたった。
 あ、あれ? この白い生き物の飼い主ってこの人の方じゃ? 
 白い生き物の頭を撫でる仕草を見て思う。
 じゃあ、さっきの『飼い主』ってのは何?
 それに、この白い生き物。なんか凄く懐いてる。動物だって馬鹿じゃないから、ヒドイことをする人にはこんなに懐かない。ってことは、誘拐とか軟禁とか動物虐待とかっていうのは……?
「帰るぞ」
 ぐるぐるといろんな疑問が頭の中でまわっている中、綺麗な人が言葉が聞こえてきた。
 ぱっと、子供が顔を輝かせて立ち上がった。たかたかとその人の方に走り寄ってきて、腕にしがみついた。
 あぁ。さっき言ってた『小猿ちゃん』
「なんだ」
 嬉しそうに綺麗な人に纏わりついている子供を見て、思わず呟く。
 誘拐とか軟禁とか動物虐待とか。それはきっと、この子供のことだったんだろうけど。
 全然、心配することなんてなかったみたい。 
 なんか仔猫がじゃれついているみたい。
 思わず笑みが浮かんだ。