暁桜
闇のなか、淡い薄紅色の光を周囲に投げかけながら、桜が咲いていた。花びらの一枚一枚が光を発しているようだ。ふわりふわりと舞い落ちる花びらは、まるで光が散っているかのように見える。
怖いくらいに綺麗―だが、散りきることなく、いつまでも美しい姿のまま咲き続けているのは―不自然だ。
桜は潔く散っていく姿がとても美しいのだから。
だからこれとは比べ物にならないくらいに、下界の桜は美しい。
いつか―。
いつか下界の桜を見に行こう。
いつか下界の桜の下で―。
ぱちっ、とまるでスイッチが入ったかのように目が覚めた。一瞬で意識も覚醒する。が、あまりに突然すぎて、感覚の方がついていけない。
悟空は、二、三度、ぱちぱちと瞬きをし、それからゆっくりと起き上がった。目が覚めたはずなのにまだ夢の続きを見ているようだ。といってもどんな夢を見ていたのか、思い出せない。ただ、桜が舞っていた―ような気がする。
心臓を押さえる。なんだかドキドキしている。漠然とした不安が胸のなかを渦巻いている。
岩牢から出してもらって初めての春だった。
眠っていたものが一斉に目覚めるような―そんな命の息吹を感じさせるこの季節、悟空は毎日ワクワクするような喜びを味わって過ごしていた。
だが、庭の大木に薄紅色の蕾がついているのに気がついたとき、なぜかざわざわと心が騒ぎ出した。
桜―というのだと教えてもらった。
日に日に大きくなる蕾とともに、落ち着かないようなそんな気持ちも日に日に大きくなっていった。
なにがどうというわけではない。ただなんとなく不安に駆られるのだ。なにか大切なものを忘れているような―それともなにか大切なものを失くしてしまったような。
だがいくら考えてもそれがなんなのかわからない。
悟空はほぉっと大きく息をついて、そっと隣の寝台にと目を向けた。夜明けまでにはまだ間があるようで、周囲は真っ暗だったが、悟空の良すぎる目にはあまり支障はない。
だから。
「さんぞ?」
寝台にだれもいないのが、すぐにわかってしまう。
こんな夜更けにどこに行ったのだろう。
心臓の鼓動が速くなる。不安が増していく。桜が咲き始めてからずっと感じている不安は、三蔵の姿を見ると不思議と鎮まった。大丈夫、と思えた。
だからいま感じている不安も―と思ったのに。
悟空は寝台から飛び降りると、部屋の外にと飛び出した。
continue・・・