いつかは静かに降り積もる記憶の欠片に


 ふと目を覚ますと、部屋が暖かな色に染まっていた。
 夕方。夕暮れ。
 昼間に外の探索をしていたところ大冒険になって、少し疲れて戻った部屋で横になったところ、そのまま眠ってしまったらしい。
 こしこしと目をこすりつつ起き上がる。なんだがいつもより辺りが静かな気がする。色んな音が聞こえてこない。
「さんぞ?」
 てとてとと歩いて、執務室に顔を出す。
 が、執務室はしんと静まり返って、誰もいなかった。
 んと? と少し考える。
 いつもならこの時間には三蔵は執務室にいて、小坊主が紙を持ってきたり、持っていったりしているのだが、
「三蔵?」
 何度、ぐるりと執務室を見回しても誰もいない。
 不意に胸の奥がざわめいた。
 自分以外は誰もいない――。
 それは。
「三蔵、三蔵っ」
 名前を呼びながら、走り出す。外へ、外へ――。
 そうだ、ここはあの岩牢ではない。
 ここはこんなにも広い。
 広くて、どこまでも走っていけて。
 でも。
「三蔵っ」
 あの人がいなければ、
 自分を岩牢から連れ出してくれた、あの人がいなければ。
 あの『太陽』がなければ。

 ――ナンノイミモナイ

「三蔵っ」
 腹の底から声を出して呼ぶ。
 初めてもらった『呼んでいい』名前を。
 と。
 目の前に、金色が見えた。
 風になびく、金色の髪。
 それは――……。



 手を伸ばして、ぎゅうぎゅうと抱きつく。
「おい、こら、離れろっ」
 耳に響く、心地よい低い声。
 抱きついたときに感じる体温と、微かな煙草の匂い。
 良かった。
 ちゃんといる――。
「離れろって言ってんだろうが」
 声が怒号に変わるが――。
 でも、だって、怖かった。
 三蔵がいなくて、すごくすごく怖かった。
 置いていくとか、そんなこと、もうしないで欲しい。
 だから――……。
「はいはい。その辺で離してあげようね、小猿ちゃん。三蔵様の首がしまっちゃうから」
 と、横から別の声がした。
 その声に、ほえ? と思う。というか。
「ほえ?」
 声に出してしまう。
「よいしょっと」
 頭のなかに疑問符が渦巻いて緩んだ手を、ベリッという感じで引き離された。
「礼を言ってくれてもいいんだぜ、三蔵様」
「ふざけんな」
 目の前で繰り広げられる舌戦。
「というか、このバカ猿っ」
 紫暗の瞳がこちらを向き、標的が自分に切り替わったと思った瞬間、頭にハリセンが炸裂する。手加減のない斬撃に、目の前に星がチラつき、涙が出てくる。
「いってぇなっ。何すんだよっ」
 言いながら顔を上げ――。
「……あれ?」
 顔を上げて、辺りを見回す。顔をなぶる風の感触。飛んでいく景色。疾走するジープ。
「あれれ?」
「あれれ? じゃねぇよ、小猿ちゃん。完全に寝ぼけてたな」
「まぁまぁ、この辺にしては珍しくも、ジープが危なげなく走れる山道でしたからね。気持ちよく眠れたのかもしれません。でも、いくら道が良くても立っていると危ないですよ」
 ゴン、と何かに乗り上げたかのように、ジープが揺れる。
「うおっと」
 バランスを崩してそのまま座り込む。
「なんかここにきて、道が荒れてきましたからね」
「山道の方が楽っての、珍しいな」
「ぽつりぽつりと畑が出てきましたから、人の往来で痛むんですかね。整備されている山道も楽で良いですが、道なき道を進むのも、それはそれで、アクティブでスリリングで楽しいですよね」
「いや、それはどうよ?」
 前の座席には運転している八戒、後ろの座席には悟浄。そして前の助手席には、金色の――。
 あぁ、と思う。
 今は西に向かう旅の途中。
 三蔵だけでなくて。
「……皆、いる」


continue・・・