揺り籠の護り手
カーテンの隙間から差し込む光に、三蔵は目を覚ました。朝だ。明るいのだから当然そうなのだが、ぼぉっとした頭で、確認するかのようにそんなことを思う。
起き上がろうとして、なにやら重みを感じた。
なんだ? と思うが、目に茶色のふわふわした髪が飛び込んできて、正体はすぐに知れる。子供――つい最近、養父に押し付けられた子供だ。
「おい」
軽く揺すって起こしにかかる。
子供と言っても、本当に小さい子で添い寝が必要というわけではない。だが、ひとりで寝るのを嫌がるので、仕方なく布団を並べて寝ていた。
そう。
寝るときは別々の布団で寝ていたはずだ。
なのに。
「起きろ」
最初の日からずっと目を覚ますと、こうしてしがみついて寝ている。
眠りは浅い方だ。だからこんなことをされたら、絶対に起きてしまうはずなのだが、不思議なことに目を覚ますまでまったく気がつかない――どころか、子供体温がちょうど良い温かさなのか、いつもよりもよく眠れているような気がする。
が、それはそれ。これはこれである。
「おい、起きろ」
もう少し強く揺すってみる。だが、ほんの少し眉根が寄るだけで、子供は起きようとしない。
三蔵は溜息をひとつつき、今度は力を入れて子供を引きはがしにかかる。
「……ぅ、ん」
小さなうめき声をあげ、目を閉じたまま寄ってこようとする子供に枕をあてがう。ぎゅっと枕を抱きしめて丸くなったのを確かめてから布団から抜け出し、ほんの一瞬、子供を見下ろして、三蔵はキッチンにと向かった。
朝食の準備を始める。といっても、卵を焼くくらいの簡単なものだ。子供が好きなので、甘めの厚焼き卵を作りはじめる。
手を動かしながら、ぼんやりと一人暮らしをしているときには朝食など作らなかったな……と考える。つい二月くらい前の話なのだが、遠い昔のことのように思える。
高校卒業と同時に、三蔵はそれまで暮らしていた養父の家を出て、一人暮らしを始めた。といっても、もともと養父の光明は忙しい人で家にいないことも多かったので、一人暮らしを始めたといっても、もとの暮らしと大差はなかった。それに一人暮らしを始めたあとも、光明が家にいるときには、一緒にご飯を食べましょう、とたびたび呼び出されていたので、なおさらだった。
それでも一人暮らしを始めたのは、『養父の手を借りずにひとりでやっていく』という意思を示すためだった。
仲が悪いわけではもちろんない。三蔵は光明を尊敬していた。だからこそ、一人前の人間として認めてほしいという思いがあった。
だが。
少し焦げたような匂いがして、三蔵ははっとして卵焼きをくるくると巻きにかかる。意識が余所にと飛んでいた。少しいびつになってしまった卵焼きを皿に移しながら、三蔵は深く息をついた。
――いま、光明はいない。
二か月ほど前に、三蔵をここに呼びだし、しばらく留守番をしていてくださいと言って出ていったきり、連絡が取れなくなっていた。
光明の足取りを追い、立ち寄ったと思われるところを虱潰しに調べてみたのだが、まるで神隠しにでもあったように、その行方は杳として知れなかった。
もしかしたら本当に神隠しにあったのかもしれない。
そんなことを思うのは非現実的なことだが――。
背後からパタパタと足音が近づいてきた。子供が起きたのだろう。と思ったところで、突然、ドンと腰のあたりに衝撃がきた。ほとんどぶつかるようにして、子供が飛びついてきたのだ。
「こら、火を使ってるのに、あぶねぇだろうが」
軽く子供の頭を叩く。が、答えはなく、顔を伏せたまま、ますますぎゅうぎゅうと抱きついてくる。三蔵は溜息をひとつついた。
「置いていくようなことはしねぇから、安心しろ」
頭に手をおいて、そう話しかける。と、ようやく顔があがった。半分べそをかいている。袖口で軽く涙を拭ってやる。
continue・・・