揺り籠の護り手〜絆


「あんたは一体、何者なんだ?」
「何者っていうのは穏やかな表現じゃないね」
 男性は肩を竦めてみせる。
「僕は光明の――友人、みたいなものだよ」
「養父の?」
「そう。君の話はよく光明から聞かされてね。それで見にきたんだけど……まだまだだね」
「なにがだ?」
「全部だよ。あの程度のものを一人で扱えないとは。まぁ、君は光明からなにも引き継いでいないってのもあるんだろうけど、でもそれを差し引いても、ね」
「なんの話だ? それにあんた、養父を知ってるって言ったな。いまどこにいるのか、それも知っているのか?」
「残念ながらそれは知らないんだ」
 男性の顔から一瞬、笑いが消えるが、すぐにまた笑みが浮かぶ。その一瞬で見せた表情は底知れないもので、この笑みを浮かべている姿が仮のものだとわかる。
 いや。そもそもなにが『本当』なのだろうか。この男性には、どこか得体が知れないようなところがある。
「それ以外で、君の知らないことをいくつか知ってはいるけどね」
 その印象を払拭させるかのように、軽い調子で男性が言う。
「例えばあの狐ちゃん。狐の力は強大だけど、それを借りるのは危険だよ。いまのところ、君には大切に思う人はいないようだけど、将来、そういう人ができたときとても厄介なことになる。狐は情が深いからね。自分が一番でなくなったとき、その想いは容易く憎しみに変わる。考えられる一番凄惨な方法で、君と君の想い人に対して復讐してくるよ。そんな目に会いたくないなら、まだあの子が小さい、いまのうちに別れてしまった方がいい」
 三蔵は眉間に皺を刻む。
「ま、あんな子供子供した可愛い子が、君に酷いことをするなんて思えないかもしれないけど……狐は化けるからね。いまは信じられないかもしれないけど、それは心に留めといた方がいい」
 ふたりは一瞬、睨み合うように見つめ合う。
「とりあえず今日は話ができて楽しかったよ」
 男性は肩を竦め、片手をあげて体の向きを変える。
「またね」
「待て。話はまだ……」
「悪いね。次の約束があるんだ。でも、近いうちにまた会えると思うよ」
 男性はもう振り返りもせず、ひらひらと手を振って歩み去る。
 三蔵はしばらくその後ろ姿を見ていたが、溜息のように息を吐き出して、店のなかにと戻った。
 いったいあの男はなんだったんだろう。そういえば名前も聞いていなかった。
 そう思ったところでふと違和感を覚える。
 悟空が纏わりついてこない。あんなに不安そうにしていたのだから、戻ってきたらすぐに飛びついてきても良さそうなものだが。
「悟空?」
 三蔵は店の奥の本がしまってあるところに行く。
 が、そこはしんと静まり返り悟空の姿はどこにも見えない。
「悟空?」
 棚の陰に隠れているのだろうか。そう思って歩き回ってみるが、どこにもいない。
 ふと棚に目をやると、一冊、本が抜けているのに気付いた。三蔵の眉間の皺が深くなる。
 ここにあったのは、悟空が持っていた本だ。最初の頃は大切そうに、ずっと肌身離さず持っていた。それがここに置いても大丈夫だ、と思うまでになっていたのだが。
 その本が無くなっている。
 そして。
 悟空の姿もどこにもなかった。

continue・・・