仄かな香 光の欠片


 見上げていると、ふと紫暗の瞳と目が合った。
 ――綺麗。
 最初に会ったときもそう思ったけど。
 でも。
 いまはもっと――……。
 燭台の灯は決して明るいものではない。だけどそんな仄かな光だけでも輝く金の髪。髪だけじゃない。全部が淡く輝いているように見える。すごく綺麗。
 それに深い紫暗の瞳が何だか――すごく艶めかしい、ような。
 と、その綺麗な目が――顔が近づいてきた。
 軽く引き寄せられて、ふわりと香る――煙草?
 そして煙草の他に香るのは――何だろう。これ。
 知っている。
 この香り――。この人だけの――……。
 そんなことを思っていると唇に――。
 息を呑む。
 触れたのは一瞬で、すぐに離れていく。
 これは――何……?
 驚いたのはその人も同じだったようで、背中に回っていた手が離れ、一歩、後ろに下がる。
 それが少し悲しくて、追いかけようとするけど。
「お前は――」
 不意にその人の声が聞こえてきて、動きが止まる。
 深く低く響く声。
「お前はここにいて幸せか?」
 聞かれた言葉がわからない。
 いや、言葉としては通じているが、その意味がわからない。
 幸せ――?
 と、その人が軽く溜息のようなものをついた。
「もう行け」
 頭にタオルを被されて、軽く背中を押される。天幕の外に出そうとしている。
「待てよ」
「お前がここにいたいというのならば、それはそれで構わない。ちゃんと自分で考えて、選べ」
「待てって」
 もっとちゃんと話がしたい――のに。
「俺がいては考えられねぇだろ」
 そんな言葉とともに強引に外に出される。
 あとは何を言おうと、再び天幕に入口が開くことはなかった。


continue・・・