終末を越えて〜あかつき


 大きく息を吸い、構えて集中する。穢れのなかでもなるべく色の濃い部分を狙い、できるだけの速さで短剣を一閃させる。
 穢れは斬ったところで分断されて動きを止め、一瞬ののち、淡い光に包まれるようにして消えた。それを確認して、ふぅっと息をつく。
 これをやるのには、結構、気力も、そして体力も使う。ちゃんと集中して、力を込めて短剣を振るわないと、こんな風に穢れは斬れない。ただ漫然と短剣を振り回すだけでは、穢れは消えてはくれない。
 こういうのを『祓う』というのだと、この短剣をくれた法師さまが言っていた。もしあなたがどうしても穢れと戦うというのであれば――と渡してくれた。
 その時のことが、ふっと心に甦る。
 それはもう三年くらい前になるか。突然、この村のあちこちで、穢れが大量に発生したことがあった。
 それまで影みたいなものは、ごく稀に路地裏とかに湧いて出ることはあったが、触らずにいれば特に害のないもので、ただ、面白がってちょっかいを出すとたいへんなことになる――最後は殺すしか方法がなくなる、だから絶対に手を出してはいけない、と言い聞かされるくらいのものだった。
 が、どうしてなのか、今でも謎なのだが、三年前、村のあちこちで大量の影が――穢れが発生した。それも今までみたいに触らずにいれば大丈夫というものではなく、もっと強く、もっと人に対して積極的に害をなそうとしていて、穢れの方から人を襲ってきた。村人の大半が穢れに侵されるか、穢れに憑かれた者によって殺され、村に壊滅的な被害が出た。
 その時に、俺の両親も――。
 穢れに憑かれた人達に追いつめられて、もうどうしようもなくなった時、助けてくれたのが法師さまだった。
 その時に穢れは『祓う』ことができるのだと知った。そのための武器を法師さまは手に入れることができるのだということも。
 なので武器が欲しいと頼んだところ、最初は子供に武器を渡すなんて……と渋っていたのだが、同じように親を亡くした子供達と一緒になって頼み込むうちに最後に法師さまが折れてくれた。『無理をしてはいけませんよ』と念押しとともに。
 もう一度、短剣を見る。
 これは『護る』ための武器だ。本当に護りたかった人はもういないけど、でも、もう二度とあんなことがないように。
 絶対に護るために――。
 と、穢れの気配が強くした。この武器を手にした時から穢れがどこにあるのか、感じられるようなった。まるで武器がその使いどころを教えてくれるかのように。
 今度は広場の方だ。
 と思って、そちらに向かおうとした時、目の端に黒いものが映った。え? と思って振り返ると、路地に黒い霧のようなものが立ちこめていた。ゆっくりと動いている。
 そんな馬鹿な、と思う。さっき祓ったはずだ。ちゃんと手応えはあったし、消えるところを見た。
 のに、これは何だ?
 が、考えている暇はない。そこに穢れがあるのなら、祓うまでだ。構えて、路地に渦巻く穢れを祓おうとするが。
「……?」
 黒い霧状のなかに、人の姿のようなものが見えて、とっさに一歩退く。何だ? 人が取り込まれてしまっているのだろうか。
 目を凝らして見る。穢れが邪魔をして、はっきりとは見えないが、やはり人がいるようだ。背はそんなに高くない。もしかしたら同じくらいか少し高いくらいかも。大人ではなさそうな?
 と、人影が動いた。こちらに気付いたようだ。
 ふっ、と顔があがり。
 見つめてくる瞳の色が――。
 黒い――薄墨を流したようななかにあっても、光を集めて輝く、金色――。
 何て綺麗なんだろう。
 目が離せなくなる。その綺麗な金色に囚われる――。
 が。
「おい」
 突然、声がしてはっと我に返る。
「何をしている。広場の方に穢れが発生している。急がないと」
「あ。あぁ。でもそこに、人が」
「人?」
 声をかけてきたのは、俺と同じ武器を持つ子供。仲間だ。
「どこに人なんているんだ?」
 そいつが訝しげな顔で聞いている。
「どこってそこに。その穢れのなかに――」
 言って指し示すが。
「だからどこにって――もしかして影を見間違えたのか?」
 そんなことを言われて、え? と思ってもう一度、見ていると。
「……いない?」
 見間違え? いや。そんな筈はない。確かにそこに人はいた――のだが、今はまったくそんな姿は欠片も見当たらない。
 
continue・・・