終末を越えて〜廻


「ふぅ」
 緩やかな丘のてっぺんにようやくついたところで、悟空は一息ついた。急ではなかったがずっと上り坂で、朝から歩いて来た身としては、少々辛かった。と言っても、悟空だからこそ『少々辛い』ですんでいるのだろう。
 牛魔王を斃してから、もう正確な年数で数えることもなくなるくらいの年月が流れていたが、悟空の容姿も体力も衰える兆しはなかった。それはこの旅がさらに続いていくことを示唆し――。
 ぎゅっと胃の辺りが締めつけられるように冷たくなる。
 これから先、ずっとずっと――。
 ――一人で。
 思わず震えたのは駆け抜けていく風のせいか、それとも。
 悟空はパシッと自分の頬を叩く。
 決めた筈だ。前に進むことを。
 あの時と同じように。皆がいた時と同じように。
 ただ前へ――。
 顔をあげ、まっすぐ前を向く。そして改めて周囲の景色を見回した。そろそろ日も傾いてきていたので、今夜の寝床を捜さなくてはならないが、見渡す限り人が住んでいるような形跡はない。まぁ、もともと地図によるとこの辺に村とかはないので期待はしていなかったが、野宿となると少しでも安全なところを捜さねばならない。
 丘を降りたところは、岩がごろごろしている平原だ。そちらとこの丘の上にいるのとどちらがいいだろうと考える。さらに見渡すと、右手に遠く、山が見えた。そして、左の方に割と大きな荷馬車が何台か、集団で山の方に向かっているのが見えた。商隊だろうか。かなり大きい。確か山の向こうには街があった筈なので、そこを目指しているのかもしれない。にしても、収穫の時期でもないのに、これだけの規模の商隊が移動するのも珍しい。どこか名のある商家のものだろうか。
 そんなことを考えていたところ、急に隊列が乱れた。何だろう、と思い、すぐにわかる。
 巨大な生物が隊の進む方向から現れ、隊の方にと向かっていた。あれは――合成獣だろうか。そもそも大きさが異常だし、獅子の体に羽根が生えているという、普通ではありえない姿をしていた。
 牛魔王復活のための科学と妖術の融合は、たぶん首謀者たちも預かり知らぬところで、その目的以外にも実験が進んでいた。奇怪な生物が産み出され、それが牛魔王討伐の後で、管理する者もいなくなり、逃げ出すなどして野に放たれた。大部分は自然界に適合することができずに滅びたが、このように生き延びたものもいた。
 悟空は丘の斜面を商隊に向かって駆け降りながら、如意棒を召喚する。少し距離があったが、風のように駆け抜けて、商隊の護衛の剣をものともせず突進してきた合成獣の前足の一撃を如意棒で受け止める。
「ここは引き受けるから、後ろへ、早くっ」
 駆け降りてくるときに、合成獣が二手に分かれるのが見えた。これを人の手で打ち倒すのは容易ではない。人数は多い方がいい。
「やつらの弱点は火だから、火をうまく使ってっ」
 悟空は両手で支えていた如意棒を強引に振り回す。合成獣は吹っ飛んでいくが、くるりと回って勢いを殺して姿勢を立て直し、そのまま羽根を羽ばたかせて空中に浮かぶ。
「ったく、飛べるとか卑怯」
 悟空は呟き、如意棒を構え直す。
「大丈夫だから、行けって」
 それから躊躇するようにまだその場に立ち止まっている護衛たちに声をかけ、空からの攻撃を二、三躱すと、地面に如意棒を突き立てた。空に向かって伸びるのに掴まって、空中に高く――合成獣よりも高く昇っていく。合成獣の高さを追い越したところで、悟空は如意棒の長さを戻した。
「せぃっ」
 支えが無くなって落ちていくなか、空中で器用に合成獣の方へと向きを変え、落下の勢いも乗せて如意棒を思い切り振り下ろす。
 物凄い音とともに合成獣が地面に叩きつけられ、辺りを砂埃が舞った。が、しばらくして、叩きのめした筈の合成獣が起き上がっていた。
 とはいえ、ふらついて足元が覚束ない感じだ。さすがにそこまで見ていて、ここは任せろと言った悟空の言葉を信じない者はおらず、護衛は他の苦戦しているところにと向かっていく。
「さて」
 悟空は合成獣と向かい合う。かなりの痛手を与えている筈とはいえ、手負いの獣は死に物狂いで向かってくるだろう。
「こっからが真剣勝負だな」
 悟空は大きく息を吸い、如意棒を構えた。
 
continue・・・