終末を越えて


 振り下ろされるのを転がって避ける。アスファルトに爪が擦れる音が響く。いや、これは爪なんてものじゃないだろう。アスファルトにくっきりと残る線を見て、ぞっとする。あんなので切られた日には。
 そして思い出す。
 最近の物騒な事件。滅多切りにされた死体があちこちで見つかっているという――。
 まさか、こいつらが。
 胃の底が冷たくなる感じ。ヤバイどころの騒ぎではない。
 とにかく逃げなければ。
「……っ」
 起き上がろうとしたところ、背中からなにかがぶつかってきた。転がされた地面から見上げると、先ほど抜いてきた男達が追いついてきたのだろう。全部で影が四つ見えた。
 振り上げられる手。避けられない。頭を庇って、小さく丸まる。
 腕をざっくりと切られた。焼けるような痛み。が、それをやり過ごす間もなく、次々と痛みが走る。
 もうどこを切られているのか、わからない。
 ――このまま死ぬのだろうか。
 ぼんやりとそう思ったとき、不意に切りつけられる感覚がなくなった。
 なんだ? と思い、腕の隙間から薄目を開けて見てみると、目の前に棒のようなものがあった。それがなんであるか確かめる前に、その棒が降り上げられた。男の一人が吹き飛ばされていくのが見えた。
 その光景に驚いていると、さらに棒が振り回され、別の男の鳩尾に入った。前屈みに倒れ込んだ顎のあたりを更に突く。もんどりを打って男が地面に倒れる。
 情け容赦のない攻撃だ。
 が、そんな攻撃を受けても、男達はゆらりと立ち上がってくる。その光景にぞっとしていると、ふっ、と軽く息をつく音が聞こえてきた。軽く腰を落として足を広げ、大地を踏みしめるよう立つ姿が目に入る。頭の上に振りあげた棒がひゅんひゅんと音を立てて回る。
 暗い路地で、月明かりに浮かぶその姿は、見た目は細い――華奢と言っても良いような少年だ。だが、間違いなくこの少年が先ほど、男達を頭の上で振り回している棒を使って吹き飛ばしていた。先にそれを見ていなかったら、絶対にそんなことができるとは思わないくらいの、小柄な少年。
 不意に少年が動いた。
 軽く地面を蹴って、男達の方に向かっていく。
 そして。
 一瞬の出来事だった。なにがなんだか、わからない。
 男達が吹き飛ばされた、と思ったら、その姿が空中で霧散した。
 目を疑う。
 文字通り消えてしまったのだ。まるで煙が拡散して消えるように。
 トン、と少年が地面に棒を打ちつけた。辺りを見回し、もうどこにも影が見当たらないのを確かめて、ふぅっと大きく息をついた。
 あれだけのことをしたのだが、息が切れている様子はない。ただ淡々とこちらに向かってくる。
 手が差し出された。
「大丈夫?」
 少し幼さの残る声。
 ――どこかで聞いたことがある?
 覗き込んでくる瞳が月明かりを映して、きらりと光ったような気がした。
 その色。金色……だろうか。
 どこかで――?
 そんなことを思ったのを最後に、急激に意識が遠ざかっていった。

continue・・・