特別の意味がわかるまで


 微かな音を立てて、雨が降っていた。
 雨。
 降りやまぬ雨。
 この季節にしては珍しい。
「さん……ぞ……」
 窓のそばに立ち空を見上げ、悟空は囁いた。だが、呼びかけた相手はそこにはいない。執務室の奥深くに籠っている。――仕事をするためでなく。
 悟空は溜息をついて、コツン、と窓に額を軽く打ちつけた。
 三蔵が雨の日に機嫌が悪くなるのは、拾われてそれほどたたぬうちに気がついた。
 ちょっとしたことにも機嫌を損ねるとか、普段よりもハリセンで叩かれるときに痛いとか、そういうのなら別に良い。それくらいなら構わない。でも、雨が続くと三蔵は反応を返さなくなってしまう。自分のなかに閉じ籠ってしまう。
 雨の日にとても辛いことがあったのだと聞いた。だからそっとしておいてあげなさい、とも言われた。悟空は普段であれば、三蔵が仕事をしていても執務室の机のそばで遊んだり、勉強をしたりしているのだが、それも寺院の者たちに止められていた。
 うるさくせず、ひとりにさせてあげなさい、ということなのだろうが、それは三蔵のため、というより、不必要に刺激して三蔵の機嫌を損ねたくない、というのが本音のようだった。扱いあぐねている、といった方がよい。
 三蔵が単に閉じこもっているだけなら、放っておくのもよいかもしれない。
 騒がしいことが嫌いだから、静かにしていた方がいいのもわかる。
 だけど。
 三蔵は自分を責めている。そして自分を責めて、責めて、責め続けて、それ以外の自分の感情も感覚も閉ざしてしまっている。それは良くないことだと思う。それはとても辛いことだと思う。そこには自分の知らぬ事情があって、口を出して良い問題ではないとわかっているが。
「三蔵」
 まるで祈りの言葉のように呟き、悟空は目を閉じた。しばらくそのまま動かずにいたが、突然、パッと顔をあげる。
 ――やっぱり、このままで良いわけがない。
 金色の瞳に強い光が宿る。悟空は部屋の外に向かって走り出していった。

continue・・・