Wanderer


 ふわふわと柔らかいものに包まれている感覚。
 ――あぁ。あの、いつもの夢だ、と思う。
 温かくて、安心。
 だけど。
 いまはもう少し、ちゃんと触れてほしいと思う。
 怖い、から。
 怖くてたまらないからもっとちゃんと抱きしめて――。
 と。
「……んっ」
 なにか、別の――いままでの夢では味わったことのない感覚が走った。
 なに?
 なんだろう、これは……。
「あっ、や……っ」
 弱い電流のようなピリピリとしたものが体を走り抜けていく。
 甘く、溶かされそうな――。
「や、やぁ……」
 知らない感覚に、思わず身を捩って逃げ出そうとする。
「怖がんな」
 と、声がした。
 低い、聞き覚えのある声。
 目を開けると、キラキラとした輝きが飛び込んできた。
 金色の――光。
「自分でもわかっているだろう? お前のなかにあるものは人には毒だ。それを取り除いてやるんだから、怖がるな」
 耳元に口を寄せるようにして、その人が囁く。
 さらさらと流れるような金糸の髪がすぐ近くに見える。
 綺麗。すごく綺麗。
 ぼぉっとしていたら、今度は金色が少し動いて、その人の顔が見えた。
 息が止まった。
 本当に綺麗で。
 そして――。
「……ん、んっ」
 最初はなにがなんだかわからなかった。
 が、次の瞬間、唇で唇を塞がれたのだとわかる。
 ――キ、ス……?
 そう理解した途端、悟空は腕を突っ張ってその人から離れた。
 眉間を少し寄せた、不満そうな顔が目に入る。片手が伸びてきて、宥めるように軽く撫でられてから、頬に添えられた。
「取り除いてやる、っていってるだろ」
 響きの良い、低い囁き声。
 ゆっくりと顔が近づいてくる。
 動けない。逃げられない。
 いや、本当に動けないわけではない。さっきのようにほんの少しだけ腕に力を入れれば……。
 なのに。
 軽く――脅かさないようにするためか、ふわりと唇が触れ合い、それから離れていく。悟空は動くこともできず、目を閉じることもできず、目の前の人を見つめ続けていた。
 先程のように拒否するような動きを見せなかったことに満足したのか、微かにその人が笑みを浮かべた。
 ――あ、と思う。
 笑みといっても、唇の端が少しあがっただけだ。
 だがそれだけで、あまりに綺麗すぎて、見とれることしかできない遠い存在、と思っていた印象が崩れ去る。
 冷たく、無機質な感じがしていた。
 でも、違う。
 大丈夫なんだ、と思う。
「良い子だ」
 もう一度唇が重なってくる。今度はもう少し長く。そして、二度、三度と。
 唇に自分とは違う温かさ。
 こんなのは初めてだった。
 一応、これが普通は男女間で行うものだ、という知識ぐらい悟空にもある。同性にキスされることが、普通ではないこともわかる。だが、抵抗する気にはなれなかった。
 ふわり、ふわりと啄ばむように触れてくる唇はとても心地良い。
 もっとたくさん。
 たくさん、触れてほしい。
 そう思う。
 と。
「……っ」
 唇を舌で舐められた。濡れた感触に、びっくりして息を呑んだところに、また唇が重なってきた。吸うようにしっとりと包まれる。
 吸われたり、舐められたりしているうちに、舌が唇の間から忍び込んでこようとしているのに気がついた。どうしたらよいのかわからなくて身を固くしたところ、懐近くに抱き寄せられた。
 温かく、柔らかいものでくるみこまれたかのよう。いままでに感じたこともない絶対の安心感のなかで、悟空の体からは無意識のうちに力が抜けていき、自分を抱きしめる腕に身を委ねる。
 ゆっくりと舌が口のなかに入りこんできて、探るように動き出した。
 歯列を辿り、歯の間を潜り抜け。自分のものではないものが、自分のなかに入りこんでいる。
 それは不思議な、戦慄くような感覚。
「……う……んっ」
 舌を絡め取られる。甘い味がするのは気のせいだろうか。いままで味わったどんなものよりも甘い――。
 くちゅり、という水音がして、唇が離れていく。
 嫌だ、と思う。
 もっと欲しい。もっと、たくさん。
「そんな顔、すんな」
 微かに苦笑するような声がして、また唇が重なる。
 交わすキスに頭の芯から溶かさせて、なにも考えられなくなる。


continue・・・