Wanderer -Changeover-


 髪を梳くように弄ぶ手が気持ち良い――。
 悟空は大きく息をつくと、すりすりと仔猫のように三蔵に甘えかかった。――猫、というと三蔵の方なのだが。
 クスリ、という笑い声とともに、今度は頭を撫でられた。なんだかあやされているようで、あまりの心地良さに、そのまま眠りに落ちて行きそうになる。
「今回の……。なにか違ったか?」
 だが、急にそんなことを聞かれ、悟空は眠りの淵から引き戻された。
「え……?」
「魔物」
「あぁ。んと……。失敗――しちゃった」
「失敗?」
「うまく消滅させられなかった。でも――」
 魔物を消滅させたときと同じように気持ち悪くなった。そしてあの声――。
 少し高い、少女のような声――。
 それは魔物のものだろうか。それとも憑かれている少女の――?
 どちらにしても、いままでにないことだ。
「三蔵はなにか違うってわかったんだよね」
 だからこそ、そう聞いてきたのだろう。
「あれはなに――?」
「俺が知るか」
 三蔵なら知っているかも、と思って聞いたのだが、あっさりとそう言われる。
「え? だって違うってわかったんだろ?」
「違うというのはわかったが、それがなにかは知らねぇよ。俺だって、お前のいう『魔物』のことをすべてわかっているわけじゃねぇ」
「そうなの?」
 悟空は小首を傾げる。三蔵はなんでも知っていると思っていた。が、『魔物』というのはどうやら一種類だけではないようだし、知らなくても当たり前なのかもしれない。
「お前、さっき失敗したと言ったよな? この依頼はどうなるんだ?」
「えと……、わからない」
 以前も焔と組んで魔物を消す仕事をしていたが、そういえば魔物を消滅させることができなかったのは、今回が初めてだ。その場合、どうなるのだろう。
「でも『また連絡する』って焔が言ってたから――」
 もう一度、やることになるのだろうか。でもまった失敗したらどうするのだろう。消滅させることができるまで何度もやるのだろうか。
 というよりも『何度も』があるのだろうか。
 消すか、消されるか。
 魔物についてはそのどちらかだった。
 だが、今回の魔物は――。
 なんだかよくわからなくて、ぐるぐると思考が渦巻いていたところ、頬に手を添えられた。まっすぐに三蔵が見つめてくる。
「コレからは手を引け」
 三蔵の言葉は突然のことで、一瞬、意味を取り損ね、悟空は目をぱちくりと開ける。
「えと……?」
「もうこれで終わりにしろ、と言ってるんだ」
 どうしてそんなことを――と、思うが、ふと自分を見つめている紫暗の瞳を意識して、なんだかそんな疑問は頭から抜け落ちてしまう。
 ――綺麗。
 思わず、へにゃ、といった笑みを浮かべると、三蔵の顔に苦笑らしきものが浮かんだ。軽く唇が塞がれる。触れるだけのキスが二度、三度と続けられる。柔らかな感触に、ふわりと悟空が笑みを浮かべたところ。
「……っ」
 深く唇が重なってきた。舌を絡め取られる。
「……ふ……っ」
 息継ぎのために唇がずらされて、意思とは関係なく鼻に抜けるような甘い吐息が漏れる。もう一度、唇を吸われ、それから三蔵が離れていく。
「さ……んぞ……」
 力が入らなくて、さらに三蔵の方にもたれかかりながら、悟空は呟く。
 まるで熱を煽るようなキスだった。


continue・・・