しずかに眠る夜の街


ひっそりと息を潜めるように街は眠りについていた。
全てが寝静まった時刻。
夜明け前の静謐。
その帷の中に舞い降りた姿が二つあった。
闇に溶ける色の衣を纏って、実態のない影のように寄り添う二人だった。

「静かだね」
「ああ…」

吐息のような囁きを交わしながら街の時計塔の屋根の上に立ち、二人は眼下の街を見つめていた。

「な、街を見下ろした感じはどう?」

ふわりと目深に被っていたフードを脱いだ影が傍らの影へ問うた。

「いつもと変わらんな」
「そう?」
「ああ」

頷く影のフードが少しずれて金色が月光に光る。
それを眩しそうに見つめる影──悟空の瞳が鈍く光った。

「でもさ、ほら…光の届かない所では奴等が元気に蠢いている」

くすくすと笑って悟空が指差す方へ傍らの影が視線を投げた気配がした。

「視えねえよ」

嫌そうな囁きがこぼれた。
その言葉に、苛立ちを嗅ぎ取った悟空が楽しそうに問う。

「視えるようにしてあげようか?」
「いらねえ」

間髪入れずに拒絶が返って、悟空の瞳は笑み崩れた。

「そ?」

確認するようにもう一度問えば、

「しつこい」

煩そうな返事と一緒にぱんっと、頭を叩かれた。
その拍子にバランスを崩した傍らの影に驚いて、悟空が慌ててその身体を支える。

「三蔵!危ないって」

掴んだ拍子にフードがずれ落ち、夜目にも鮮やかな金糸がこぼれて月光を弾いた。

「うるせぇ」

三蔵は自分の腰を抱き留める悟空の腕を離そうと身を捩るが、悟空の腕はびくともしない。
反対に引き寄せられて、間近で金瞳の真摯な視線に晒された。

「もう、落ちたら死んじまうんだぞ?」
「そうか」
「そうだよ」

睨み据える悟空にどうでもいいように答えれば、身体が傾いだ。
そのまま悟空の手に支えられて、無理矢理足下を覗き込むはめに三蔵はなった。
不意に覗き込んだその高さと暗さに三蔵の瞳が見開かれる。

「ほらな、予想以上に高いってわかった?」
「…ぁ、そうだな…一瞬だな」

見開かれた瞳がその高さと暗さに魅せられたようにうっとりと潤む。
その気配に悟空は身体を支える腕に力を入れ、強引に三蔵の視線を自分の方を向かせた。

「ダメだ。三蔵は俺と生きるんだ」
「…ごっ…」

三蔵の顎を掴んで自分の方を向かせた悟空は、その唇に噛みついた。
その勢いに三蔵が反射的に逃れようと身を捩るが、逃げ出せる訳もなく。
仕方ないと、三蔵は悟空の好きにさせた。
縦横に口腔内を貪られていたた三蔵は、ぐいっと悟空の顔を力尽くで引きはがした。

「いい加減にしやがれ」

言えば、怒りに染まった金瞳が三蔵を見返した。
そして、

「勝手に命を粗末にしたら許さねえ…」

ぎゅっと、三蔵の身体に廻した腕に力を込めて抱きしめ、悟空は三蔵の耳にねじ込むように囁いた。
その力とその三蔵の全てに所有権を主張するような囁きに、三蔵は薄く笑った。



michikoさま/AQUA