月のひかりと水銀灯


月の光の満ちた夜。
その月光に溶け合う水銀灯の明かり。
溢れた光はまるでゆらゆらと揺れる水底のようで、そこに立つ悟空の姿さえ揺らめいて見えた。

「いつまでこうしている気だ?」

気怠げに缶ビールを飲む手を振って、焔が悟空に問うた。
それに悟空は首をゆっくりと廻して振り返った。
焔を見返す瞳が金色に光る。

「そうだな…三蔵が起きるまで」

そう言って、焔の膝を枕にベンチに横たわる青年の顔を覗き込んだ。
水銀灯の光に金糸を輝かせ、青い影を落とす美貌にそっと、笑いかける。

「…そうか」
「うん」

ふわりと笑い、悟空は三蔵の唇を掠めた。
その様子を見つめて焔は薄く笑う。

「──で、何でこいつはあんなに荒れた飲み方したんだ?」

缶ビールをまた啜って問えば、

「知らない」

と、そっけない返事が返った。
その返事に焔は思わず悟空の顔を見返し、知らずに言葉がこぼれ落ちる。

「珍しい…」
「だって、どんなに訊いても言ってくれねえからさ…」

こぼれ落ちた言葉に、拗ねた返事が返った。
その様子に二人の間に何があったのか、簡単に察せられた。
出来れば気付かずにいたかった。
が、気付いてしまえば訊いてしまうのが人情というもので。

「喧嘩したのか?」

問えば、悟空の顔が一瞬、泣きそうに歪んだ。

「う…ん……ま、少し…」

歪んだ表情を隠すように、困った風に苦く笑う姿に、焔はバカらしいと言わんばかりのため息を吐いた。
だから、普段は指先一つ、焔が触れることを嫌がり、拒む三蔵が焔の膝を枕にしたらしい。
ことの真相がわかれば、今こうして三蔵に膝枕をしてやっている自分が情けない。

しかし──と思う。

二人の仲が上手くいかないのであれば、三蔵を焔が「糧」にしてもいいのだ。
そうすれば、気に入らない邪魔者の血を一滴残らず吸い尽くしてゴミのように投げ捨てれば、また、悟空との二人だけの生活が戻ってくる。
それはなかなかに魅力的な計画に焔には思えた。
だから、

「お前がもういらないのなら…」

俺にくれるか?という問いかけは、悟空の拒絶に呑み込まれた。

「ダメだ。三蔵はその髪一本、血の一滴まで俺のだ」

振り返り焔を睨む。
その拒絶に焔は肩を竦めてみせた。

「何だ、つまらないな…いい加減に、素直じゃないこいつに早く飽きろ」
「やだ」
「悟空…」

仕様のないヤツと、小さくため息をついて、飲み干した缶を近くのゴミ箱に投げ入れれば、乾いた音が響いた。
そして、にやりと笑って、

「早く俺のものになれ」

言えば、

「いやだよ」

くすくすと笑いながら悟空は焔の顔を覗き込んだ。
悟空の吐息が焔に触れる。
そして、唇が触れそうな程近づいて、

「俺は三蔵のモノだよ」

甘く悟空が囁けば、

「知ってるよ」

嫣然と笑って焔は悟空の唇に自分のそれで触れた。

「諦めないんだ」

悟空が笑えば、

「諦めないよ」
「うん」

唇を触れ合わせたまま笑い合う上で、水銀灯がベンチとそこに眠る三蔵の深い影を道に描いていた。



michikoさま/AQUA