青い花が咲くのはら


明るい陽差しの中、三蔵は悟空たちと泊まっている別荘からさほど遠くない所にある野原に来ていた。
見渡す限り青い花が咲いている。
足許の一本を手折って日に翳せば、青い影が三蔵の白い容に落ちた。
風が金糸を嬲り、白いシャツが風をはらんで、その姿は風景の一部のように溶け込んで見えた。
空は青く高く澄んで、陽差しは温かく、三蔵の身体を包む。
眩しそうに紫暗を眇め、三蔵は暫くそこに佇んでいたが、ひとつため息をこぼすと踵を返した。




その夜、日没と共に目覚めた三蔵の恋人はテーブルの上に生けられた一本の青い花を見つけた。
それは別荘の近くにある野原一面に咲いている花で、その花がここにあると言うことは、昼間、三蔵が一人で外へ出たことを示す。

「へぇ…珍しいなあ…」

悟空と暮らすようになって、三蔵の生活サイクルは昼型から夜型に変わった。
そのために、三蔵が一人で昼間外へ出ることは滅多になくなった。
元々、外へ出掛けることの少ない三蔵だったので、生活の変化に対する不自由さは感じていないようだった。
その三蔵が一人で昼間に外へ出た。
そのことが何となく悟空の気持ちに引っかかりを生んだ。
だから───

「三蔵、散歩に行かね?」

リビングのロッキングチェアに座って本を読んでいる三蔵に声を掛けた。

「ああ?」

何だと、顔を上げた三蔵の訝しげな顔に笑いかけ、

「だから、散歩」
「散歩?」
「散歩」
「うん、行こう?」
「今からか?」
「そ、今から。今の時期は夜が短いから、ほら」

促されて、三蔵は面倒臭そうに立ち上がった。




「どこへ行くんだ?」

明るく晴れた夜空に浮かぶ月光の中、三蔵は恋人に手を引かれて歩きながら問いかける。

「いいとこ」

その問いかけに振り返って笑う笑顔に小首を傾げながらも、三蔵はため息を一つこぼして付いて行った。
悟空に繋がれた手を振りほどくこともせず。
そのことが、悟空の中の引っかかりを大きくする。
何時にない三蔵の態度に不安を抱く。
けれど、何があったのかと問えない自分の弱さが悔しかった。

そんな悟空の想いなど知らず、悟空に連れられて辿り着いた場所を見た瞬間、三蔵は紫暗を見開いた。

「悟空…」
「きれーだろ?」

悟空の指差す先、そこは昼間三蔵が一人で訪れた野原だった。

夜明けと共に眠りについた恋人の寝顔を見つめている内に眠気が失せた三蔵は、そのまま朝を迎えた。
ことりとも音のしない、生きるモノのいる気配のしない空間に突然、居たたまれなくなった。
逃げるように別荘を飛び出し、闇雲に歩いて辿り着いた場所。
束の間、辺りに満ちる生命の気配に安堵した。

安堵したのに…。

青い花と風と太陽の陽差しと明るい世界の営みと音に何故か淋しさを感じた。
孤独を意識した。

けれど今は、青い花が明るい夜空と星、そして淡い月光の中、静かに揺れて、吹きすぎる夜風が柔らかく、静けさが心地よかった。
淋しさなど感じない。

「悟空」

思わず呼んだ名前に恋人は振り返って小首を傾げて、

「何?三蔵、感動した?」

くすくすと笑う姿に三蔵は繋いだ手を振りほどいて恋人を抱きすくめた。

「三蔵?」

突然の三蔵の行動と、自分を抱きしめる腕の微かな震えに、悟空は三蔵の淋しさと不安に気付いた。
ああ、だから三蔵は昼間に外へ出たのだ。

生命の息吹を感じるために。
一人ではないと感じるために。

三蔵は一人ではないのに。
いつも必ず悟空が傍にいるのに。

不安になどならないで欲しい。
孤独など感じないで欲しい。

自由にならない腕を曲げて宥めるように三蔵を叩けば、悟空を抱きしめる力が強くなった。
それに答えるように、

「大丈夫。俺は傍にいる。三蔵は一人じゃないよ。ないからな」

言えば、益々腕の力が強くなり、悟空を包む甘い三蔵の匂いに悟空は嬉しそうに笑った。



michikoさま/AQUA


 


サイト開設記念感謝祭でフリーとなっていた小説をいただいてきました。
まりえさんの大好きな吸血鬼設定です!
儚げな三蔵が良いのです! 大好きです、この設定。
michikoさま、ありがとうございました<(_ _)>