カーテン越しに弱い光を感じ、悟空は目を開いた。
 途端に目に飛び込んでくる『金色』

 三蔵――。

 こうやって腕の中で目を覚ますのは何度目だろう。
 そのたびに夢ではないのだと安堵する。

 光の射さぬ暗闇から救ってくれた人。

 起こさぬようそっと手を伸ばして髪に触れる。
 薄明かりの中でも輝く金色。
 綺麗。
 本当に綺麗。

 悟空は唇を寄せ、その金色に軽く触れた。

 本当はこんなこと、してはいけないことなんだけど。
 でも触れずにはいられない。
 その金色を確かめずにはいられない。
 ちゃんと存在しているのだと。

 絹のような柔らかな感触が唇に伝わって、悟空は安心して身を起こした。
 するりと音もたてずにベッドから降りる。
 もう一度、確かめるように三蔵の寝顔を見つめ、そして、足音を忍ばせて寝室から出て行く。
 パタンと閉めた扉に寄りかかり、ふっと息を吐き出した。

 これは現実なのだ。

 そう思うことにいつまでたっても慣れない。
 悟空はもう一度息を吐き出すと、キッチンにと向かった。
 自分の朝食と、お昼近くになってから起きだしてくるであろう三蔵の昼食を用意するために。




Warmth T





 夕方。
 悟空は息せき切って走って帰ってきた。一度マンションの前で足を止め、深呼吸を繰り返して呼吸が落ち着くのを待ってから、マンションにと入っていく。

「ただいま」

 玄関の扉を開けてそう声をかけると、はやる心を抑えてリビングに向かう。

「お前、また走って帰ってきたのか」

 リビングには三蔵がいて、読んでいた本から顔をあげると、少し呆れたような声をあげた。

「何で?」
「何が?」

 不思議そうな悟空の声に、返ってきたのも不思議そうな三蔵の声。

「だって、走って帰ってきたって。今日は息切らしてないし」
「その答えじゃ、走って帰ってきたことを認めてるぞ」

 三蔵がクスリと笑って、悟空の方にと近づいてくる。

「額。少し、汗をかいてる」

 前髪をかき上げるようにして、手の甲で汗を拭う。
 悟空は大人しくされるがままになっていたが、「おかえり」という言葉とともに抱きしめられて、ひどく幸福そうな笑みを浮かべた。

 これは三蔵と暮らすようになってからの日課。

 ホストクラブに勤める三蔵と、学生である悟空と。
 当然のことながら、生活時間帯が違う。
 悟空が学校から帰ってきて、三蔵が出勤するまでの時間。それが二人がちゃんと顔を合わせることのできる唯一の時間帯。
 だから少しでも長く一緒にいられるようにと、悟空は学校が終わるとすぐに教室を飛び出る。

「そんなに急いで帰ってこなくても、別に消えたりしねぇよ」

 ポンポンと軽く頭を叩かれた。
 まるで悟空の不安がわかっているかのように。

 一緒に暮らす。
 そう言われたとき、ありえないと思った。
 もう父親の元には帰らなくてよくて、この綺麗な人が新しく自分の保護者になって、しかも一緒に暮らすなんて――。
 絶望の淵に沈もうとしていた。
 それでも最期にこの人に会えたのは嬉しくて、それだけを抱えて全て終わりになるのだと思っていた。
 それなのに。
 そこから引き上げてくれただけでなく、永遠に救ってくれるなんて。
 そんなこと、ありえないと思った。

 だが、三蔵が悟空を引き取るという話は、悟空がそれを本当のことだと思えないでいる間にもどんどん進んでいった。
 親権が三蔵に移ること。父親が悟空に近づかないよう法的手続きをとること。
 それでも一度、悟空が迷惑はかけられないと言うと、三蔵が不服かと問いかけてきた。
 不服なわけがない。
 その答えに、ならば話は終わりだと言われた。
 そして、半ば強引にここまで連れてこられた。

 これは夢なのだ、きっと。
 だからいつか覚める。いつか消えてなくなる。
 だが、そうやっていつまでも悟空が信じられずにいるのがわかっているかのように、ここに帰ってくると三蔵は抱きしめてくれる。

「明日、俺は休みだから、こんなに急いで帰ってこなくても大丈夫だぞ」
「休み?」

 三蔵の腕の中で、悟空は顔をあげた。

「俺がここに移ってきてから初めてだね、休み。ごめんね、たくさん迷惑かけて」

 父親に振るわれた暴力がもとで入院していた悟空の世話とか、悟空を引き取るための手続きとか。
 悟空がこの家に来るまでに何かと休みを取らなくてはならないことが続き、三蔵は店のマネージャー兼ホストの八戒にしばらく休みはなしと言い渡されていた。晴れて悟空がここに移ってきたその日でさえ、仕事を入れられたほどだ。

「別にお前のせいじゃない。八戒の人遣いが荒いのは今に始まったことじゃねぇしな。それより明日はずっと家にいるから、なんなら友達と寄り道でもして帰ってこい」
「帰るよ。まっすぐ帰ってくる」

 ふわりと笑みを浮かべ、まるで猫が甘えるように悟空は三蔵にと擦り寄った。



□ ■ □



「あれ、携帯?」

 そして、その夜。テレビでも見ようとリビングに行った悟空は、テーブルの上に三蔵の携帯が乗っているのに気がついて軽く驚きの声をあげた。
 もう既に三蔵は家を出た後だ。
 いつも早めに夕食をとり、シャワーを浴びると三蔵は出かけていく。
 悟空と暮らす前は夕食をとることもなく出勤していたそうだが、今では必ず食べていく。
 特別な用事のない限り、一緒に暮らしているならば一食はともに食べること。
 それは三蔵の養父の教えだからと言われた。

「どうしよう」

 携帯を見つめたまま悟空はひとりごちた。
 もう店は始まっている時間だが、届けに行ったほうがいいだろうか。よくわからないが、ないと不便ということがあるかもしれない。
 悟空は携帯をとりあげた。



□ ■ □



 ――ホストクラブ『桃源郷』

 表通りの喧騒から一歩外れて。
 知らなければ見過ごしてしまいそうなところに三蔵の働くホストクラブはあった。

 前に一度、悟空が表から三蔵を訪ねていったときは、開店前で照明もついていなかったので、どことなく淋しげだったが、今は華やかで、雰囲気だけで圧倒されそうだった。
 と言っても、こういった店に付き物の煌びやさとか派手さとかはない。あくまで上品だ。
 一風変わってはいるが、それでも「遊ぶ」というより「寛ぐ」ことを目的とした人たちが引きも切らず訪れる。
 ここはそういう店だった。


「いらっしゃいませ」

 悟空が店の扉をあけると、上品そうな紳士然とした男性が声をかけてきた。

「初めての方でいらっしゃいますか?」

 悟空がその場にまったくそぐわないことはわかっているだろうに、男性は丁寧な口調を崩さずに言う。

「あの、ごめんなさい。俺、客じゃなくて。ホストの三蔵……さん、に用があるんですけど」
「失礼ですけど、どのようなご用件ですか?」

 言われて、悟空はポケットから携帯を取り出した。

「三蔵さんが、これ、忘れていったので届けにきたんです」

 男性は携帯を見、それからまた悟空に視線を戻した。
 しばし考え込んでいたようだったが、「お待ちください」と言ったとき、奥から男性が二人顔を覗かせた。

「すぐそこにいたから話、聞こえちゃったんだけど」

 二人のうち、髪を銀色に染めた男性が口を開いた。

「キミ、悟空君? 最近、金蝉さんがご執心だという」
「こん……ぜん……?」
「三蔵さんのホストとしての名前。そんなのも知らなかったの?」

 クスッとどこか小馬鹿にしたかのような表情が浮かぶ。

「今ね、金蝉さん、大事なお客さまのお相手中なんだ。とりあえずさ、それ、預かってあげるよ」

 笑みを浮かべたまま、男性は手を悟空の方に差し出した。

「申し訳ないですけど、これ、携帯だから、本人に直接渡したいんですけど」

 しっかりと携帯を抱え直し、警戒するかのように悟空は半歩後ろに退いた。

「おやおや、嫌われちゃったかな」
「躾がいきとどいているってことだろ」

 もう一人、黒い長髪を後ろでひとつに纏めた男性がクスクスと笑い声をあげた。

「それじゃ、控え室に連れてってあげるよ。ちょっと時間がかかるかもしれないけど、接客が終わったら行くように金蝉さんに話してあげるから」
「ちょっと待ってください。そんなこと、マネージャーが……」

 その言葉に受付の男性が口を挟む素振りをみせた。

「大丈夫だよ。どっちかって言うと、今、この子が来てるなんて教えたら金蝉さん、客を放っておいちゃうよ。そっちの方がマネージャーの機嫌を損ねると思うけど。だって、噂の悟空君だよ」

 そこで、銀髪の男性はまたクスリと笑った。

「じゃ、行こうか。表から入ると金蝉さんに見つかっちゃうから、裏口から回ろう」

 先に立って店を出る二人に、悟空は少し躊躇うが、結局その後をついていった。



□ ■ □



 裏口へと回る道は、もともと店自体が表通りから外れているせいもあって本当に人通りがない。

「あの、俺のことが噂になっているって」

 意を決したかのように口を開いた悟空の声が、しんと静まり返った中にやけに大きく響いた。

「あぁ、そう。なんか金蝉さんがご執心で、自分のところに引き取った子がいるって」

 銀髪の男が不意に足を止めて悟空の方を振り返った。

「ね、どうやって取り入ったの? その可愛い顔を使って? それとも身体?」
「違います」

 むっとしたように悟空は言う。
 噂など、そんなことではないかと思っていた。
 くだらないこと。だが、そんな噂が三蔵にたつのは嫌だった。
 綺麗なのに。
 本当に綺麗なのに。
 その綺麗さに翳を落とすのは嫌だ。

「全然、そんなことはないです。ただ、遠縁ってだけです。他に身寄りがなかったから引き取ってくれただけの話ですから」
「それは嘘だろ。だって、あの人にそんなボランティア精神があるとは思えない」

 長髪の方が決め付けるように言う。

「本当です。だって、三蔵……さんは優しいから」
「優しい?」

 長髪の男は目を見開き、次いで笑い出した。

「何が……」

 可笑しいんですか、と続けるはずだった言葉はいきなり手首を掴まれて、驚きで口の中に消える。

「ベッドで優しくしてくれるわけ?」
「何を……」

 突然の行動に混乱しているうちに、シャツがはだけられ、素肌に外気が触れた。
 肌寒さに、悟空は我に返ったように身の危険を感じる。

「や……っ!」

 上げようとした叫び声は、いつ間に背後に回ったのか、後ろから伸びてきた銀髪の男の手に塞がれた。

「教えてくれないかな。金蝉さんをも落としたテクニック」

 冷笑を含んだ囁き声が耳に直接送り込まれ、そして、耳の下にチリッとした痛みを感じた。反射的に悟空は体を竦ませた。

「反応がいいね。そんなところがいいのかな」

 クスクスと揶揄するかのように声が聞こえてくるが、首筋を辿っていく唇の感触も、肌をまさぐっている手の感触もただ気持ち悪いだけで、鳥肌が立ち、吐き気すら催してくる。
 悟空は、口を塞いでいる手に思い切り噛みついた。

「つっ!」

 ひるんだ隙に、手を振り切って逃げようとする。

「っ!」

 だが、長髪の男に腕を掴まれ、そのまま振り回され、勢いで地面へと押し倒された。

「……手間、かけさせんなよな」

 起き上がろうとするよりも早く、悟空の自由を奪うかのように長髪の男がのしかかってくる。剣呑な光が浮かぶ目を、まっすぐに悟空は睨み返した。

「ったく、二対一じゃ、そっちが分が悪いことくらいわかるだろうに」

 銀髪の男が悟空に噛みつかれた手を軽く振りながら、近づいてくるのがわかった。悟空の傍に屈み込んで、ジーパンに手をかける。チャックを下げる音が耳に入ってきた。

「やめ……っ!」

 驚愕に目を見開き、悟空は激しく抵抗しようとする。
 だが。

「純情ぶるんじゃないって。ウリをしていたんだろ?」

 その一言で、はっとしたように動きを止めた。

「知ってるよ。そんなこと。今更、何があっても変わらないんじゃない?」
「そうそう。もう汚れてるんだし。どうせなら、楽しめば? そうしてきたんだろ?」

 悟空の体が震えだした。
 汚れている。
 そんなことはわかっている。
 だけど。

「やだっ!」

 まるで爆発するかのように、悟空は先程よりも激しく抵抗を始めた。

 その身を差し出したのは――。
 ただ温もりが欲しかったから。
 抱きしめてくれる確かな手が欲しかったから。
 大丈夫だって思えるものが欲しかったから。

 こういうことがしたかったわけじゃない。
 だから。
 これは違う。
 違う――。

 それを気づかせてくれたのは。

 三蔵――。

 そして、突然。
 まるで声無き声に答えるかのように、裏口の扉が開いた。

「さ……んぞ……」

 金色の輝き。
 眩い金色の輝き。

 信じられぬ思いで、悟空はその姿を見つめる。
 三蔵の顔に浮かんだ驚きの表情は、一瞬で鋭いものに変わった。
 無言で、足早にこちらに向かってくる。
 氷のように冷たいその表情は、まるで鋭利な刃物のように思えるのに、それでも壮絶に綺麗だと悟空は思い――。

 そして、後のことはよく覚えていない。


 気がつくと、悟空は三蔵の腕の中に抱きしめられていた。

「三蔵、三蔵、さんぞ……」

 何かを言おうとして、でも、ただ名前しか呼べなくて。
 ただ名前だけを繰り返す。

「大丈夫だ。もう、大丈夫だから」

 更に強く抱きしめられて、悟空は安心したかのように力を抜いた。

 大丈夫なんだ。
 三蔵が来てくれたから、もう大丈夫なんだ――。



□ ■ □



 不意になんだかよく知っている場所に戻ってきたような気がして、悟空は顔をあげた。

「う……ち?」

 その目に映るのは、見慣れたリビングの光景。

「そうだ。家だ」

 すぐ近くで声がして、見上げると三蔵の顔が目に入った。
 そこで悟空は三蔵の腕に抱きかかえられていることを初めて意識した。
 まるっきりわかっていなかったわけではない。
 ただずっとぼんやりとその腕に身を委ねていた。そうしているととても安心できたから。
 誰かの話声とか、そういうのが聞こえていたような気がする。
 だが、あまり意識していなかった。

「大丈夫か」

 三蔵が心配そうな表情を浮かべていた。悟空は微かに笑みを浮かべた。

「大丈夫」

 そう答えて、腕から降りようとする。その意図に気がついた三蔵がそっと床に下ろしてくれた。

「シャワー、浴びたい。シャワー、浴びてくるね」

 悟空はそう言うと、少し覚束ない足取りながらも、一人でバスルームにと向かった。


 熱いお湯が肌を滑っていって。
 触れられた気持ちの悪い感触も流れていくようだった。
 ふっとため息をつく。
 あんなことは、たいしたことではない。
 もっと酷いことだってたくさんあった。
 このところずっと、三蔵の元で穏やかな日々を過ごしていたから忘れていただけ。
 大丈夫。
 もう、大丈夫。
 呪文のように繰り返して、悟空はお湯を止めた。


 悟空がリビングに戻ると、ソファで煙草をふかしている三蔵と目が合った。

「ごめん」

 三蔵が口を開くよりも先に、悟空が謝罪の言葉を口にする。

「また、迷惑かけたね。三蔵、仕事は?」
「んなの、どうでもいい」

 少し苛立ったように三蔵は言い、悟空の方にと手を伸ばしてその腕を掴まえた。

「それより、悪かったのは俺の方だ」

 掴まれた手を引かれて、悟空は再び三蔵の腕の中にと身を委ねる。

「なんで?」
「あの連中が目の敵にしてたのは俺だ。お前が俺の元に引き取られたのを知って、嫌がらせをしようとしたんだろう」
「嫌がらせって、三蔵に? あれが、どうして?」

 三蔵が言っていることの意味がわからなくて、悟空は眉を寄せた。
 どうして、あれが三蔵にとって嫌がらせになるのだろう。

「お前、本当にわかっていないのか?」

 苦笑じみたものが三蔵の顔に浮かんだ。
 それからゆっくりと人差し指の背で悟空の頬を撫でていく。

「まぁ、いいか。ゆっくりで」
「三蔵?」

 囁かれた言葉の意味はわからないが、撫でられる心地良さに悟空が子猫のように目を細めたその時。

「三蔵?!」

 不意に乱暴に引き寄せられた。

「これは何だ?」

 険しい三蔵の声が頭上から聞こえた。

「あいつらか? あいつらにつけられたのか?」
「あぁ、それ」

 意表をつかれたが、三蔵がどこを見ているのかにすぐに気づいて、何でもないもののように悟空は言う。

「そんなの、すぐに消えるよ」

 三蔵が見ているのは、たぶん、先ほどの二人組みにつけられた鬱血痕だろう。
 所有の印、と言われたことがある。
 でも、そんなことにはならない。ただのアト。しばらくすれば消える。そういう風に反応するよう、人間の体ができているだけ。
 だから、何でもないこと。
 その時に感じた恐怖も、全て、もう終わったこと。
 悟空は三蔵からその表情が見えないようにと目を伏せた。
 だが。

「あっ!」

 突然、首筋に柔らかいものが触れて、悟空は大きく目を見開いた。
 触れた途端、痛みに似た、だが痛みではない感覚が走り抜けていく。

「な、何、三蔵……」

 戸惑い、驚き、どうしたら良いのかわからずにあげた声に返ってきたのは不機嫌そうな答え。

「アトなんかつけておくんじゃねぇよ」
「だから、そんなの、すぐに消え……、っ!」

 また三蔵の唇に触れられて、悟空の体が跳ねた。

 何? 何で、三蔵はこんなことをしてるの――?

 柔らかく首筋を辿っていく唇が止まるたびにあがる声を押し殺すかのように、悟空は手の甲を口にと押し当てた。
 ゆっくりと三蔵が体重をかけてきて、ソファにと押し倒されていく。

「ご……くう……」

 囁く三蔵の声に熱がこもる。
 そして、深い紫の目に見知った色を認めて、悟空は驚愕に息を呑んだ。

 何で?

 綺麗な顔が近づいてくる。

 ソレハ、ダメ――。

 頭の中に警鐘のように声が渦巻き。

「やっ!」

 悟空は三蔵を押し返した。

「悟空……」

 驚きに見開かれる目と、傷ついたような表情。
 初めてそんな三蔵の無防備な表情を見て、悟空も驚くが、だが一度起こした行動は取り返せないし、取り返すつもりもない。
 三蔵が動きを止めたのを機に、体の下から抜け出すと、扉に向かって走った。
 振り返りもせずに扉を開けて廊下に出る。
 そこで、扉を背にして力が抜けたかのように悟空は廊下に座り込んだ。

 三蔵が追ってこないのはわかっている。


 何で――。

 欲しいのならば、何でもあげるよ。
 この命でさえ。
 だけど。

 悟空は組んだ手の中に顔を埋めた。