―――――溜息ヨリ、甘ク。




süßer als Seufzer




 薄紅色の花びらが風に舞っていた。



 奥庭でただ1本だけ花をつけている木にと近づいていく。
 花に誘われるように。
 ほとんど誰も近づかない場所で、まるで異端のようにただ1本だけ花をつけているその木は、それでも清麗に艶やかに咲き誇っていた。

 桜、というのだと誰かが教えてくれた。

 何もかも馴染みのないこの異国の地において、この花だけは綺麗だと思った。
 この花のようでありたいと思った。
 たとえ異端であっても、誇らしげに咲くこの花のように。

 近くまできて足を止めた。
 誰もいないと思っていたのだが、人の姿を認めて。
 桜の木の下に、子供がいた。ほとんど真上を見上げるようにして、桜を見ている。
 不意にその長い髪がゆれた。
 人の気配に気付いたのだろうか。こちらにと顔が向けられた。

 そして。

 何もかもが動きを止めたように思えた。
 舞い散る桜の花びらさえ。


 見つめてくるのは、まるで太陽のような金色の瞳。


 これが『人』であろうはずない。

 そんな考えが瞬時によぎる。あまりに澄んだその瞳に。
 人であるならば、こんなに澄み切った目を持っているはずがない。
 胸の辺りがざわりとさざめいた。
 だが、それは恐怖のためではない。
 といって、何かと聞かれても答えられぬようなものではあったが、決して恐怖ではなかった。
 強いて言うならば、歓喜、安堵。
 出会えたことに対する――。

 子供が手を伸ばしてきた。
 何かを捕まようとするかのように。

「巫子さま」

 と、知らぬ声がした。
 バタバタと複数の足音が聞こえてくる。時をおかずして、いきなり子供との間に人が入ってきた。間を隔てる垣根を作るかのように。
 子供はそれでも、人垣の間から手を伸ばそうとしている。
 その顔が泣きそうに歪んだ。

「巫子さま、失礼します」

 白の式服を着た少年が子供を抱き上げた。
 人の垣根は崩れ、少年とともに奥にと向かう。
 子供は抵抗せずに抱き上げられ、運ばれていったが、その目はずっとこちらを見ていた。

 何かを訴えかけるかのように。

 悲しげに。


 そして、後に残るのは静寂と、舞い散る花びらだけ。



 それは、うたかたの夢のような邂逅――。