闇はいつでも、この世界を侵食しようとしている。
人の心にとりつき、黒く染め上げて。
闇を打ち砕くことができるのは、一握りの人間だけ。
だが、そんな人間も闇からの攻撃を防ぐ力は持たない。
だからじわりじわりと浸食してくる闇を留める手段はなく、このまま知らぬ間に世界は闇に染めあげられてしまうのでは――というとき。
光が現れた。
闇を狩る力を持つ人間を守護してくれる光が――。
闇の生き物を、
魔物、という。
魔物を狩る者を、
狩人、という。
狩人を守護する者を、
守護者、という。
これはまだ、光と闇が混沌とし、世界に魔法が溢れていた頃のお話。
dearest…(1)
学び舎。
狩人の素質のある子供たちが集められ、さまざまな技術を伝授される場所。
その一角にある
図書館には、様々な本が集められており、蔵書は世界でも指折りの多さと種類を誇る。
「何を捜しているんですか?」
図書館のなかでも、特に貴重な本や取り扱い注意な情報が載った本が厳重に保管されている奥の一室。
許可証を持った者だけが立ち入りを許されるその部屋で、棚から取り出した本をパラパラとめくっていた金髪の少年は、声をかけられて頭をあげた。
視線の先に、にこにこと温和な笑顔を浮かべる緑の目の青年がいる。
少年――といってもそんなに幼くはない。これから青年に変わる直前のような……微妙な年頃の少年――は、興味がなさそうに青年から視線を外した。
それに重ねて青年が声をかける。
「朝から熱心に何かを捜している割には成果がなさそうなんで。僕でよければ、少しは役に立つかもしれませんよ」
「別に必要ない」
少年は親切な申し出を、にべもなく断り、手にしていた本を棚にと戻すとその場を離れていく。
「うーん、ふられましたか」
その背を見送りながら、青年が呟く。
「珍しいな」
少年と入れ違いに、何冊かの本を肩に担ぐような格好で部屋に入ってきた赤い髪の青年が緑の目の青年に話しかけた。
「何がです?」
「お前が他人に興味を持つなんて。やっぱり、最年少の三蔵法師候補ってのは気になるか?」
その言葉に、緑の目の青年は微かに目を見開く。
「彼、でしたか」
「気づいてなかったわけ?」
「うーん。そう言われると微妙ですね。ちょっとないくらいの力の強さは感じましたが。磨けば、悟浄、あなたより上を行くかもしれませんね」
「ま、『三蔵法師候補』だからな」
「そこであっさり納得しないでくださいよ。悟浄、あなたはもっと努力をすればもっと上にいけるんですから」
「無理無理。ってか、それ、俺のキャラじゃないし」
ヒラヒラと手を振って、赤い髪の青年――悟浄が答える。
「それよか、あいつ――えぇっと、江流っていったかな。何を調べてたんだ?」
「さぁ。よくはわからないですけど、
守護者のことらしかったですね」
「ほぅ。じゃ、
守護者を召喚する気になったんだ」
悟浄は興味がひかれたような表情を浮かべた。
――江流。
その噂は、
学び舎を遠く離れたところにいても、聞こえてきていた。
学び舎の生徒でいながら、その潜在能力の高さから、最年少の三蔵法師候補として推されている、と。
三蔵法師とは、
狩人の中でも、もっとも力の強いものに与えられる称号だ。
だが、あの少年が噂になっていたのは、『最年少の三蔵候補』というだけではない。
狩人なのに、
守護者がいないのだ。
普通、
狩人の才能があるとして、
学び舎に集められた子供達は、最初に
守護者を召喚する儀式を行う。
召喚できなかったものは、
狩人にはなれないということで帰される。
それはそうだろう。
狩人は、
魔物を攻撃することはできても、
魔物からの攻撃を防ぐことはできない。自分を守ってくれる
守護者なしでは、お話にならないのだ。
だが、あの少年――江流は、
守護者の召喚を拒否した。
召喚したくない、と。
普通ならば、あっさりとそこで帰されるところだが、少年のうちに秘めた力は強大で、
学び舎の
教師たちがこぞって説得しにかかった。
だが、頑として、江流は
守護者の召喚を拒否した。
困り果てた
教師たちは、当代の三蔵法師に相談し、特例として
学び舎に残ることが認められた――。
「そろそろ、教程も終了するからな。さすがに
守護者なしでは
狩人としてはやっていけないと気づいたというところかな。遅すぎるけどな」
「そうです、ね……」
「ん? どうした、八戒?」
「いえ。あの少年、
守護者について以外にもうひとつ調べていたことがあったみたいで」
緑の目の青年――八戒は、軽く眉をひそめてそう言う。
「もうひとつって?」
「……
竜のことなんです」
その言葉に、沈黙が降りた。