Finders Keepers(1)


 誰もいないはずの夜の学校。
 なのに。
 教室の扉をあけた先生と、教室のなかにいた俺とどっちがより驚いたのかわからない。
 しばらく、無言で見つめあった。
「……お前、なにしてるんだ、こんなところで」
 だが、先生の方が先に驚きから立ち直って声をかけてきた。
「……先生こそ」
「俺は忘れ物を取りにきただけだ」
 明かりをつけないまま、先生が教室を横切って近づいてくる。教壇の下に手をいれて、ライターを取り出す。窓から差し込む月の光を受けて、ライターがキラリと光を放った。
「で、お前は、家出か?」
 先生は教壇のところで立ち止まったまま、俺の足元にあるバックに目を向けて言う。
「違う。家出じゃない」
「じゃ、こんなとこにいないでさっさと帰れ」
「……帰れないから」
 俯く。
「父さんが借金作って蒸発した。で、母さんも愛人と消えて。ウチは差し押さえられてるし、借金取りがくるし……。帰るとこなんてないんだ、俺」
 と、コツコツと近寄ってくる足音がした。
 やがて、下げている視線に、先生の靴が映った。
 ふっと息を吐き出し、顔をあげた。
「なんて、ごめん。ウソ。帰るよ」
 冗談めかして、えへへと、先生に笑いかけた。
 月の光を受けて淡く輝く髪。
 相変わらず、綺麗な人だな、と思った。
 いや。
 月明かりの中でみると、本当に夢のように綺麗だ。
 こんなのが見れるなんて、ちょっとラッキーかも。
 それだけで、もう充分な気がした。何もかもが。
 だから、先生にもう一度笑いかけ、バックをとって行こうとした。
 だけど。
「せんせ……?」
 ふわりと抱きしめられた。
「今の、本当の話だろ?」
 耳元で声がした。一瞬、何が何だかわからなくて、でも言葉の意味がようやく胸に落ちて、息を呑んだ。
「なんで?」
「嘘がつけるほど、器用な性格してねぇからな」
「……俺のこと、知らないクセに」
 肩を掴まれて、少し離された。あまりに間近に綺麗な顔があって、ちょっと驚く。
「1年A組孫悟空」
 そして呼ばれた名前にさらに驚いた。
 だって、授業中は誰にも関心がないように、淡々と教えているだけだから。まさか、名前を覚えてくれているとは思わなかった。
 俺のこと、本当にわかってくれている――?
 そう思ったら、胸がいっぱいになった。
「……俺、置いていかれちゃった」
 ポツリと呟くと、もう一度抱きしめられた。
 その腕の中は暖かくて、安心できて。
「捨てられちゃったんだ」
 涙があふれてきた。
「そうみたいだな。だが……」
 手をとらえ、それを持ち上げられた。
 その動きを辿って、見上げると先生と目があった。微かに先生が笑みを浮かべる。
「俺が拾った」
 そして、そう言うと、先生の唇が手の甲――いや、指に押し当てられた。
 びっくりして、涙が止まる。
「帰るぞ」
 肩を抱きかかえられるようにして、歩きだす。
「帰るって……」
「俺が拾ったと言っただろう?」
 どこか楽しげに先生がいう。
 拾った――? 俺を?
 半ば強制的に歩かされながら、ふと、さっき先生が触れた手を見た。
 それは左手の薬指。
 ただの偶然――?
 そっと、綺麗な横顔を見上げた。