Finders Keepers(2)
「ここ、先生の家?」
途中で、軽くご飯を食べて、連れてこられた先は、小綺麗なマンション。
マンション自体に入るのに、暗証番号を押してからでないと入れないようなところで――教師の給料ってそんなにいいんだろうか、と関係ないことを考えてしまった。
「他人の家に案内してどうする」
先生が玄関の扉を開けながらいった。
それはそうだけど。
「……お邪魔します」
先に入る先生の後をついて、扉をくぐった。
と、途端に、押さえていなかった扉が、バタン、と背後で結構凄い音をたてて閉まった。
思わず身を竦める。
「あぁ、修理を呼ばなきゃと思って……どうした?」
言われてバックを抱きかかえたまま、固まっていたのに気づいた。
「……なんでもない、ちょっとびっくりしただけ」
頭の中に、ドンドンと扉を叩く音と、怒声が巡っていた。
それは恐怖を呼び起こす記憶。
でも。
大丈夫。
ここはウチじゃないんだから。
言い聞かせるようにして頭の中から記憶を追い出し、無意識のうちに強張らせていた体の緊張をとろうとする。
と、またふわりと抱きしめられた。
「大丈夫だ」
耳元でした声に、一瞬にして恐いのは掻き消えた。
なんでだろう。
ここは本当に安心できる。
なにがあっても大丈夫だって、思える。
こんなのは、初めてだ。
見上げると、先生の綺麗な顔が目に映った。
「風呂に入って、今日はさっさと寝ちまえ。いいな?」
言われた言葉に頷いた。
そして。
「なんだ、まだ寝てなかったのか」
ダイニングキッチンで座って待ってると、髪を拭きながら先生が入ってきた。
先生はそのまま冷蔵庫に向かい、冷蔵庫からビールを取り出した。
「お礼、言ってなかったから。ありがとう、泊めてくれて。それに、パジャマも」
とりあえず身の回りのものをバックに詰めたはずなんだけど、いきなり思いたって出てきたからだろう。パジャマは入ってなかった。だから、先生が自分のを貸してくれた。
少し――だいぶ、大きいんだけど。
袖で手が隠れるし、ズボンの丈も長くて、危ないから裾をちょっと折り返した。
「可愛らしいな」
ビールをひと口飲んだ先生が、こちらを見て、クスリと笑って言う。
……?
可愛い? 俺が?
「な……」
一瞬の間をおき、自分でもわかるくらい、顔が赤くなる。それがわかって恥ずかしくなって、ぱっと顔を伏せた。
だって、可愛いなんて言われて、赤くなるなんて絶対ヘンだ。それ、褒め言葉でもなんでもないし。むしろ、男に対しては悪い意味なんじゃないか?
と、ぐるぐると考えていたら、カタンと缶がテーブルにぶつかる音がして、頬に手が添えられた。
お風呂から出たばかりなのに、先生の手はひんやりしてて気持ちがいい。
……って、俺の顔が熱いからか。
などと、ぼんやり思っていたら、顔をあげさせられた。
至近距離に綺麗な顔。
と、思ったら、唇に――。
「……っ?!」
すぐに離れていった感触に、びっくりして、体が硬直する。
だけど、もう一度、綺麗な顔が近づいてきて。
反射的に、目を閉じた。
キス。
今度のはさっきより長い。軽く唇を舐められて、肩がピクンと震えた。
「抵抗……しないのか?」
唇が触れ合うほど近くで、囁き声がする。
「気が弱っているところに、つけこんでいるんだぞ?」
目を開けて、ただその綺麗な顔を見上げていたら、先生が微かに苦笑いをしたのがわかった。
離れていく――
――イヤダ――
強く、そう思った。
手を伸ばして、引き寄せた。先生の肩にコツンと頭をぶつけ、俯く。
「い、い……よ。それでも」
心臓がバクバクいってる。緊張のあまり、指先が冷たくなって、震えが走る。
でも。
それでも。
背中に回した手を強く握り締める。
「……自分が言っている言葉の意味、わかってねぇだろう」
と、もっと近くにと抱き寄せられて、頭上で声がした。
あったかい。
ほっとして、胸に顔を埋める。微かに煙草の匂いがした。
この意味がわからない……ほど、子供ではないと思う。
本当にわかっているのか、と言われると……わかんないけど。
でも。
「それでも、俺は良い、よ……」
この腕の中が暖かいことを知ってしまったから。
今は、暖めて欲しいと思った。
どんな理由からでも。
今はただ――。