Pure White (1)


 ふと目覚めると、どことなく外が明るい気がした。

 そろそろと起き出して、障子をあける。
 障子の向こう。
 椅子とかが置いてあるところの向こうの、二重になった窓の外で。

 雪が降っていた。

 まだ夜は明けていない。
 空は真っ暗なのに、常夜灯を反射して雪が白く輝いている。
 そのせいで普通ならば闇に沈んでいるはずの風景が、白く、夜のなかに浮かび上がって見えた。

 なんだか凄く幻想的だ。

 窓の近くまで寄って、外の景色を眺める。
 雪がこんなに積もっているなんて、そうそう見たことがないから、飽きることなく見ていたところ。

「なにやってんだ、お前」

 三蔵の声がした。

「雪。三蔵、雪、降ってる」
「見りゃわかる」

 素っ気無い答えがして、むぅっと思う。
 だけど。

「そんな格好でいつまでもこんなところにいたら風邪をひくぞ」

 後ろから抱きしめられた。
 ほわん、って感じ。
 なんか嬉しい。
 そう思って、笑みを浮かべていたところ。

「……っ」

 柔らかい感触がうなじに降ってきて、思わず身を竦めてしまう。

「……さんぞ、風邪ひくって言ったくせに」

 鼻先で、浴衣の襟を広げるようなことをしてる。

「もともとそんな格好してるのが悪いんだろ。誘ってるとしか思えねぇよ」
「う……」

 着崩れた浴衣。
 だって、浴衣で寝たら絶対そうなる。

「ね……なんで、突然、温泉に行こうって言ったの?」

 明日――というか、もう今日になってるけど――は、大晦日っていうときに、いきなり温泉に行くって、三蔵が言い出した。
 そして、割と時間をかけて辿りついたのが、この温泉宿。
 山の中で、こういうのを『鄙びた』とかいうんじゃないんだろうか。

「別に突然じゃねぇよ。予約はしておいた」

 ゆっくりと肩を唇で辿りながら三蔵が答える。

「俺になにも言わないで? 八戒先生に年末年始はどうするのか聞かれて、家にいるって答えちゃったよ」
「……だから、だろ」
「へ?」
「知ってたら、お前、黙ってろって言っても、結局、話しただろうからな」

 そんなことない。
 ――とは言えない。

「邪魔されるのは、もうコリゴリだからな」

 邪魔って……クリスマスのことだろうか。
 そういえば、2人で祝う前提だった。
 ケーキ。
 パンフレットを見てたら、「そんなに食えるのか?」とか言いつつ、三蔵が予約してくれたんだ。
 結局、4人で食べることになったんだけど、八戒先生たちが某有名パティシエ作とかいうケーキを持ってきたんで、たいへんなことに変わりはなかった。
 でも。
 わいわいと4人で祝うのは。

「あれはあれで、楽しかったけど……やっ」

 そのときのことを思い出して呟いたら、首筋に軽く歯をたてられた。

「ん……っ、そこ……や……っ」

 首筋を辿る感触にゾクゾクしてくる。
 しかも、浴衣をはだけられて。
 少し鳥肌が立つ。

「寒いか?」

 聞かれて、誰のせいだよ、って思う。
 微かに笑った三蔵に、抱きかかえられた。

「三蔵。お正月、実家に戻らなくてもいいの?」

 肩越しに雪を見ながら問いかける。
 昼間、何度か電話がきていた。
 戻れ、と言われているんじゃないだろうか。

「ちゃんと家族で過ごしたほうがいいよ。俺は大丈夫だから。ずっと一人占めさせてもらってたから、お正月くらいは平気」

 布団の上に横たえられて、一緒に掛け布団を被る。
 あったかい。
 うん。大丈夫。覚えてられる、このぬくもり。

「戻っても、誰がいるわけでもねぇし、第一、二人っきりで過ごしたいと思わなければ、宿なんてとらねぇよ」

 額にかかる髪をかきあげられ、そこにキスが落ちてくる。

「誰よりも必要とされていることを、少しは自覚しろよ」

 三蔵の言葉にびっくりする。

「ひつ……よ……う?」

 綺麗な、綺麗な紫の瞳。
 それが、こちらをまっすぐに見ているのがわかった。
 だんだんと近づいてくる。
 ゆっくりと目を閉じると、まぶたの裏のさっき見た雪の景色が見えるような気がした。


 何よりも綺麗な、白い、穢れなき雪が。