Pure White (2)


 目を開けると、部屋に光が満ちていた。

 眩しい。
 なんかいつもよりも眩しいみたい。
 そう考えて、ここが家でないことに気づく。

「起きたか」

 と、ちょっと遠くで声がした。
 布団の中から頭をめぐらすと、部屋のすみに設えた炬燵に三蔵がいるのが見えた。
 浴衣姿で、新聞を読んでる。
 三蔵の和装姿って、そういえばここに来て初めて見た。
 昨日は疲れてたんで、あんまりよく見てなかったんだけど。
 なんか……凄くカッコいいかも。

「もうだいぶ遅いぞ。気持ち良さそうに寝てるから、とりあえず朝飯は下げてもらった。とっといてくれるって言ったから、食うなら持ってきてもらうが」
「あ、うん」

 言って起き上がる。

「凄い格好だな」

 クスリと三蔵が笑い声をたてる。
 う〜。
 だから、寝てたらこうなるって。
 慌てて浴衣を直そうとするけど、あんまり上手くはいかない。
 と、三蔵がちょいちょいって感じで手招きをした。

「……なに警戒してるんだ、お前は」

 呆れたような三蔵の声。
 だって。
 しっかりと浴衣の合わせ目を握って、少し挑むように三蔵を見る。

「朝からシねぇよ。来い」

 言われて、ちょっと考え、そろそろと近寄る。

「ったく」

 三蔵が炬燵から出て立ち上がる。
 そして。

「さんぞっ」

 手が伸びてきて、帯を外された。

「ちげぇよ。それ、直すだけだ」

 手際よく、浴衣を合わせ、丈を調整して、帯を結ぶ。

「これでよし。暴れんなよ」

 ぽんっと、帯を結んだ腹を叩かれた。

「理由もなく暴れない」

 ぷぅっと頬を膨らますと、三蔵がまたクスリと笑った。
 それから、素早く唇を掠め取られた。

「さんぞっ」

 クスクス笑う声。
 もう。
 でも、機嫌がいいみたい。こんな風に笑ってるのって滅多にない。
 普通にしてても綺麗だけど。
 笑うともっと綺麗。

 ――好き。

 ふいに湧き上がってくる、暖かい感情。
 なのに。

「にしても、本当によく寝てたな。昨日、激しすぎたか?」

 そんなことを言われて、ほわほわした暖かい感情はどこかに吹っ飛ぶ。

「疲れてたのっ。大掃除、2軒分したんだからっ」

 大したことはしてないけど、でも、2軒分はちょっとたいへんだった。
 しかも、三蔵、理事長宅に呼ばれて、ほとんど手伝ってくれなかったし。
 膨れっ面のまま、適当に布団を片付けて、手ぬぐいを取る。
 そのまま部屋の外に行こうとしたところ、声がかかった。

「大浴場に行く気か?」
「ご飯に前に、風呂に入ってくる。ここの大浴場、24時間入れるんでしょ?」
「そうだが……やめといた方がいいと思うぞ」
「なんで? この時間なら人も少ないだろうから、ゆっくり入れるじゃん」

 大きなお風呂で、ゆっくり手足を伸ばして。
 極楽気分が味わえる。
 そう思っていたのに。

「アト」

 三蔵が、短くそう言う。
 それ一言だけだったので、返ってなにを言われたのかよくわかんなくて、きょとんと三蔵を見返す。

「だから、昨日つけたアト。さっき見たら、まだはっきりと残っていたぞ」

 ぼん、と。
 本当にそんな音がして、顔から火が出たんじゃないかと思った。

「もうっ! なんてことするんだよ。風呂に行けないじゃないかっ」
「ちゃんと内風呂がある部屋を借りてやっただろ?」

 涼しい顔して三蔵が言う。
 そう。
 この部屋には、半分露天風呂みたいになっていて、庭を見ながら入れる小さな風呂がある。
 最初見たときは、ぜいたくな部屋だなって思ったけど。

「計画的?」
「人聞きの悪いことを。どうせお前が離してくれないと思ってな。昨日だってそうだったろ?」
「そんなことないっ」
「そうか?」

 すっと耳元に唇が寄せられる。

「もっと、って言ってだろ? もっとちょうだい、って」

 低く、甘く囁かれる声。

 ひどい。
 こんなときに、こんな声。

 顔にますます熱が集中する。
 だからぱっと、三蔵のそばから離れた。
 だってこのままじゃ、この熱はぜったいおさまらない。

「おみやげ物屋さん、見てくるっ」

 きっと三蔵を睨みつけて。
 足音も荒く、部屋を飛び出した。