Sweet Home(1)



玄関の扉の前に立って、手の中にある鍵をじっと見つめた。
今朝、先に家を出た先生が渡してくれた合鍵。
――ここがお前の家なんだから、ちゃんと帰ってこいよ。
そんな言葉とともに。
意を決して鍵を開ける。
なんとなく深呼吸をして、それから中に入った。
「た……だいま……」
先生はまだ帰ってないから誰も返事をしてくれる人がいないのはわかっているし、気分は『お邪魔します』なんだけど、無理やり『ただいま』という言葉をのせる。
だって、ここは『家』なんだから。
靴を脱いであがって、そっと奥にと進んでいく。
いくらここが自分の家だと言い聞かせても、なんだかちょっと落ち着かない。
この家に連れてきてもらってからまだ日がたってなくて慣れてないし、先生がいないと不法侵入してる気になる。
って、違う。
『家』なんだから。
『家』だといってくれたんだから。
それにしても。
好きにしてろ。
そんな風に言われたけど――。
とりあえず着替えて、リビングの床にペタンと座った。
先生はいつごろ帰ってくるんだろ。
そんなことを考えながら。
落ち着かない気分のまま、宿題をしたりテレビを見たりしていたら、そのうち日が暮れてきて、すっかり暗くなってしまった。
カーテンを閉めて、電気をつけて。
どうしよう。
夕飯の用意とか、したほうがいいのかな。
でも、料理ってしたことないし。
いろいろと考えあぐねていたら、玄関の方から物音がした。
先生だ。
帰ってきた。
心臓が大きく跳ねる。
ドキドキという音が聞こえるくらいに鼓動が激しくなる。
ぎゅっと握りこぶしを作って。
パタパタと玄関にと急ぐ。
そこに先生の姿を見出して。
ずっと、ずっと誰かに言いたかった言葉を勢いこんで言う。
「おかえりなさいっ」
少し驚いたような顔をして。
それから微かに笑う先生を見て。
ふわん、と心が温かくなった。
先生が帰ってきてくれたせいか、なんだかさっきまでの『お客さま』気分もどこかにいってしまう。
ここで出迎えるのが、当たり前のような気がしてくる。
「遅くなったな」
ぽんぽんと頭を撫でられた。
また心が温かくなる。
「メシは? なにか食ったか?」
「食べてない。えっと、なにか用意しておいた方がよかった?」
「いや」
先生はマジマジと俺を見る。
「お前、料理は?」
「……できない。だから、あの、なんか買ってくるから」
「いい。大丈夫だ」
靴を履こうとして、先生に止められた。
「適当なものでいいだろ?」
「うん。……って、先生が作るの?」
あがって、廊下を進む先生の後をついていきながら尋ねる。
「ほかにだれがいる?」
揶揄するような言葉に、うーと俯く。
どうせ料理できないし。
「着替えてくるから、少し待ってろ」
もう一度、軽く頭を撫でて、先生が部屋に入っていく。
なんか全然想像できないんだけど、先生って料理もできたんだ。
温かい家に、温かい料理。
ここが『家』なんだ、と。
ようやく心から思えた。