Sweet Home(2)



着替えてキッチンに向かう先生になんとなくついていって、ダイニングのテーブルに座る。
「悟空」
と名前で呼ばれた。
当たり前だけど、ここに来るまで先生に名前で呼ばれたことはない。名前で呼ばれるのは『特別』って感じがする。
だから名前で呼んでくれるのはすごく嬉しくて、なんだろって思って先生の方を見ると、手まねきされた。
ので、とてとてと先生の方に向かう。
すると腕を掴まれた。
そして、いきなり掠め取るようにキスされた。
軽く、だけど、先生の唇の感触がはっきりとわかるくらいのキス。
びっくりして、体が動かなくなる。
「耳まで真っ赤」
くすり、と先生の笑い声がする。
「……んなの、いきなりされたら……」
先生の顔がまともに見れなくて俯く。頭に血が昇ってきそう。
なのに、先生は無理やり顎を掴んで上を向かせようとする。
綺麗な顔が視界いっぱいに飛び込んできて――なんか、泣きそうになる。
と、また先生が顔を近づけてきた。
それがわかるのに、避けられない――いや、避けたくはないんだけど。でも、やっぱり……。
ぐるぐると思考が回っているうちに唇が重なる。
先生の舌にうながされて薄く唇を開く。
ゆっくりと探るように先生の舌が忍びこんでくる。
もしかしたら、怖がらせないようにするため?
そんなことを考えてると、舌を絡めとられ――。
「……んっ」
鼻から抜けるような、そんなヘンな声が無意識のうちに漏れる。それは少し恥ずかしい。
けど、もっと強く先生が抱きしめてくれて、そんな想いは嬉しさに変わる。
嬉しい。
キスは好き。
直接、先生に触れられるし。
それはぎゅってしもらうのも一緒だけど、でもキスの方がもっと距離が近い気がする。
「……ったく」
なんだかあやされているような、そんな気にさせるキスにふんわりと先生に寄り添っていたところ、目の上に軽くまたキスされた。
「ちょっとからかってやろうとしただけなのに」
――からかって……?
「違う。ホントにすぐ顔に出るな、お前は」
もう一度、目の上に唇が降りてくる。
「さっきの、からかっているように思えたか?」
聞かれてぶんぶんと首を横に振る。
「よくできました」
今度は額にキスが降りてくる。
ふわりと触れるキスは好きだけど、なんだか確かなものが欲しくてぎゅっと先生にしがみついた。
先生は、ふっと溜息をついて。
「悪かった」
くしゃりと髪をかきまわしてくれた。
それでちょっと安心する。
「名前を呼んだだけであんな嬉しそうな顔をしたから、な。それ以上のことをしたらどうなるかと思ったんだが」
けど、先生の言葉にむぅって思う。
で、からかうってのはそのことだったのかとわかる。
「あんまり可愛らしい反応を返すお前が悪い」
「なんだよ、それ」
ますます膨れるようなことをいい出す先生を睨みつけると、宥めるにようにまた髪をかきまぜられた。
「メシ」
それから先生の言葉に、そういえば夕飯の用意の最中だったと思う。
「明日の昼飯、弁当、持ってくか? それを聞こうとしてた。持ってくなら少し多めにおかずを作るが」
「お弁当?」
「べつに買うほうが良ければそれでもいいが……」
「先生っていつもお弁当?」
「いや、たまに気が向いたときだけだな」
たまにでもお弁当を持って行ったりするんだ。
同じ校内でも、一緒にご飯を食べたことなんてないから知らなかった。
「先生が作るの?」
「だから夕飯の残りとかを詰めるだけだ。嫌なら……」
「ヤじゃないっ」
勢い込んでいうと、先生が苦笑を浮かべた。
「わかった。そんなに必死になんなくても、一人分も二人分も一緒だ」
「ありがとう」
お礼をいってから、ふと気付く。
「あ、でも。お弁当箱は?」
「ある。大丈夫だ」
ぽんぽんと軽く頭を叩かれる。
「さて、とりあえずは夕飯、作っちまうからちょっと離れてろ。でないと」
先生が耳元に唇を寄せる。
「メシ抜きになるぞ」
絶対ワザとだという低い囁き声にパッと手を離す。
くすくすと笑いながら冷蔵庫に向かう先生を睨みつけた。