Fateful Encounter (1)
バイトの帰り道。
近道にと、ショッピングセンターを通り抜けていたら『閉店セール』という文字が飛び込んできた。
「あれ……閉店しちゃうんだ、ここ」
思わず呟いて足を止めてしまう。
そこはペットショップ屋さん。
アパートだからどうせ飼えないんだけど、通りがかるたびにちらりと外から覗いたりしてた。
子猫とかの仕草が可愛くて癒されるから。
最後だから……なんとなくそう思って誘われるように、店内に足を踏み入れる。
「それにしてもセールって……」
ゲージに赤札がついてるのって、なんか違和感がある。
ここに残っているコ達って、最終的にはどうなるんだろう。
まさか処分とか――そんなサイアクな結果にはならないよ、な……。
ちょっと心配になってきたところ、ふと、ふわふわの金色の物体が目に入ってきた。
ちっちゃくて、まるまっちい。
なんだろ、これ。
毛玉?
よくよく見ようと顔を近づけたところ。
もぞっと毛玉が動いた。
「うわっ!」
びっくりして後ずさる。
「お客さま、どうなさいました?」
と、近くを歩いていた店員が話しかけてきた。
「あ、いえ。別に……」
「あ、お客さま!」
しどろもどろ答えようとしたところ、なにかに気づいたらしい店員が、突然、大きな声をあげてズンズンと近づいてきた。
その勢いの方にびっくりする。
「そのゲージですか? 大丈夫ですか? どこか怪我でも?」
店員の視線の先は、さっきの毛玉のゲージだ。
これってなんか危ないものだったのかな、とよく見てみると、ゲージのところに『危険。手を出さないでください』という張り紙がしてあった。
危険、って。
この毛玉、なんか凶暴なものだったんだろうか。
「大丈夫です。別に手を出したわけじゃなくて……急に動いたからびっくりしただけで……」
と説明している間に、毛玉がまたもぞっと動いた。
それからひょいと伸び上がって、後ろ足で立つ
ピクピクと可愛らしい鼻が動かしているその毛玉は――ハムスターじゃないだろうか。
そうやってちゃんと姿がわかると、毛玉って言ってたのが失礼だったかも、と思う。
なんかふわふわふかふかで。
「きれぇ……」
ちょっと溜息をついてしまう。
『可愛い』というより『綺麗』なコだ。
ちまっと、まるまっちぃことはまるまっちぃんだけど。
「確かに綺麗なコなんですけどね。このコはちょっと性格に難ありでして。ハムスターでしたら、こっちのコの方がオススメですよ」
「あ。別にハムスターを探しにきたわけじゃ……」
見てただけだし。
と、後ずさってフェードアウトしようかと思ったところ、なんだか視線を感じた。
さっきのコがこっちを見てる。
じぃーっと。
思わず見つめ返してしまう。
やっぱり綺麗だよな。
そしてなんだろ。
胸の奥がほわほわする。
ふらっと引き寄せられるようにそっちのゲージに向かう。
手をかけるとカシャンと微かな音がした。
『おいで、おいで』をするように、ゲージの隙間から指を突っ込んで、軽く動かした。
と、金色のコが近づいてきた。そしておもむろに。
「イテッ」
カジッと指の先をかじられた。
「お客様、大丈夫ですか?!」
慌てた店員に手を引っ張られる。
「ダメですよ。このコには手を出さないでください。乱暴者なんですから。いま、消毒液と絆創膏を持ってきますんで、ちょっと待っててください」
「あのっ」
それを押しとどめた。
「このコ、いくらですか?」
ゲージに値段がついていない。
だから聞いたのだが。
「は?」
ものすごく不思議そうな顔をされた。
一瞬の沈黙のあと、念のため、というように店員が聞いてくる。
「あの……。こちらのコ、ですか?」
「そう。このコ」
「……えぇっと、申し訳ありません。このコは……さきほども言った通りちょっと性格に難ありでして……売り物ではないのです」
「え? そうなの?」
マジマジと金色のふわふわを見る。
「でも、こちらはもうすぐ閉店なんですよね? このコはどうなるんですか?」
聞くと、答えにくそうにまた沈黙が降りた。
「あ……。えと、他店舗に移されることになる……のでは、と思いますが……」
でも『売り物じゃない』って言ってた。
ということは、もしかして処分されちゃうなんてこと――。
さぁっと血の気がひいた。
やだ。
こんなに綺麗なのに……っ。
「買います!」
「は?」
「買います、このコ。売ってください! かじられたって平気ですから!」
平気ってことを見せるために、もう一度ゲージに指を入れる。
「お客さまっ」
店員が手を引っ張ってゲージから離そうとする。
ちょっと押し引きをしていると、ふわふわが不思議そうな顔をし、それから寄ってきた。
「お客さま、ダメです! このコ、本当に乱暴者で、手袋をしていないと危険なんです!」
血相を変えた店員がぐいぐいと手を引っ張る。
と。
「あ、れ……?」
指先にふわふわの感触。
びっくりして、店員さんとふたり固まる。
てっきりかじられると思っていたのに。
ふわふわのコがすりっと懐いてきたのだ。
ふわふわの毛の感触が心地良い。
なんだか嬉しくて、ふふふと笑いがこみ上げてきた。
結局、店長が出てきて、金色のコを譲ってくれることになった。
文字通り『譲ってくれる』だった。タダだったのだ。
なんか持て余していたみたいで、どうしようかと思っていたところだったらしい。
といっても、いまは気紛れで懐いているかもしれないが、気性の荒いコだから本当に大変だぞと脅され、生き物だからダメだと思っても途中で誰かに押しつけることはできないぞと諭され、何度もこのコでいいのか、と念押しされた。
まぁ、でもそれはどうでもいいことだ。
だってもう決心しちゃったし、俺のもんだもん。
絶対、誰にもやんないもん。
両手でゲージを抱えながら、なんだかワクワクするようなそんな気持ちで家路についた。