1. 冷たくなった指先を温めて


しんと静まり返った部屋。
まるで海の底にいるかのように何の音もしない。
ずっと、こんな静寂を好ましいと思っていた。
だが、どことなく冷え冷えとした感じがするのは。

……単に冬のせいだろう。

ふっと息をついて、リビングのソファに座り込んだ。
今日は朝から悟空がいない。友人の家に勉強をしに行くと言って出て行った。
悟空がいないだけで、こんなに静かなのかと思う。
別にいつも騒いでいるわけではないが、いれば例え部屋に篭って勉強をしていても、こんな静かな感じにはならない。

もっと――。

と、玄関から鍵を開ける音が聞こえてきた。
扉が開き、続いてパタパタという軽い足音。

「ただいま、三蔵。ごめん、ちょっと遅くなった。すぐ夕飯作るから」

元気な声がリビングに響く。

「って、三蔵、電気もつけずにどうしたの?」

少し不思議そうな声があがり、カーテンが閉められる。程なく電気をついて部屋が明るくなった。

「暖房も入ってないじゃん。寒くない?」

そしてエアコンのスイッチが入る音して、悟空が目の前に立った。

「さっきまで書斎にいたからな」
「お仕事、終わったの?」
「いや、まだだ」
「そっか」

少し表情が沈むが、すぐに笑顔になる。

「ご飯。簡単なものになっちゃうけど、すぐ作るから待っててね」

キッチンに向かおうとする悟空の手を反射的に掴んだ。
悟空は小首をかしげ、『何?』という顔をした。

「手、冷たいな」
「さっき外から帰ってきたばかりだからね。でも、そういう三蔵の手だって、冷たいよ。書斎、ちゃんと暖房つけてた? 風邪ひいちゃうよ」

そう言って心配そうな表情を浮かべる悟空の手を口元に持っていった。
はぁと息をかける。

「さ、さ、さんぞっ?!」

びっくりしたような声。見上げると、真っ赤な顔が目に入った。

「なんで、そこで赤くなる?」

手を引いて腕の中に抱き寄せる。

「だって、こんなの、してくれたことないじゃん」

素直に腕の中に収まりつつ、少し戸惑ったように悟空が言う。

暖かい。

そう感じるのは、物理的なことだけではない。
ずっと、静寂こそが一番だと思っていたのに。
いつの間にか――。

もう一度指先に息を吹きかけて、唇を押し当てた。
この暖かさが少しでも伝わるようにと。