2. 雪に口付けて


遅くなった帰り道。凍えるような寒さのなか、マンションまでの道を急いでいた。
近道に公園を通り抜けようとしたところ、公園の真ん中に悟空が空を見上げてぽつんと佇んでいるのに気付いた。

「お前、何してるんだ、こんな寒空のなか」

近寄って声をかける。

「雪、降るかなって思って」

悟空は上を向いたまま答える。
頭上には重い灰色の雲。確かに今降るとしたら雪になるだろう。

「ガキじゃあるまいし、雪が降るくらいではしゃぐな」

と言ったものの、悟空の様子は『はしゃぐ』からは程遠いことはわかっていた。

「そんなんじゃないけど、ただ――」

悟空がこちらを向いた。
微かな光を反射して輝く金色の目は今にも泣き出しそうだった。

「三蔵、ひとひらの雪の伝説って知ってる?」

黙って首を横に振る。

「その年の最初の雪を受けとめたら、願いごとがひとつ叶うっていうの」

悟空はそう言って、また空を見上げる。
と、空から白いものが舞い落ちてきた。

「雪……」

悟空は手を差し出すが、沢山落ちてくる雪は、どれが最初のものなのかわからない。

「あ……」

悟空が小さく声をあげた。
唇にひとひら雪が落ちて、溶けていく。

「くだらないことしてねぇで、受験生だろ、お前。風邪でもひいたらどうする」

マフラーを外して悟空の首にかけてやる。
それからコートを一旦脱いで羽織り、悟空を引き寄せて包みこむ。

冷たい体。
いったいどのくらいここに佇んでいたのだろう。

「悟空」

悲痛な目で雪を見ている悟空に呼びかける。

「そんなものに頼らないで、願いごとなら自分の力で叶えろ」
「さんぞ……」

不安げに揺れる瞳。
ぎゅっと、腕の中に抱きしめてやる。
無言のまま、背中にまわった悟空の手に力が入った。

「……帰るぞ」

やがて落ち着いた頃、そう声をかけて促すように肩を押して歩き出した。

雪。
何故なのかはわからないが、悟空が雪を恐れているのはわかる。
口に出して言ったことは一度もないが。
無理に理由を訊きだすのは傷を広げるようなものだろう。

だが。
全てのものから守るように肩に置いた手に力をこめた。