1. 冷たく触れる唇


悟空と喧嘩をした。
ちょっとした言い争いは幾度となくしてきたが今度のは少し違う。
口をきかなくなってから半日。
きっかけはごく些細なこと。
だが、なんとなく意地を張って、書斎に閉じこもった。
すぐに機嫌をとりにくるかと思ったが、なしのつぶて。
向こうも相当怒っているらしい。
イライラと煙草に手を伸ばし、空になっているのに気付いた。
タイミングが悪いことに買い置きもない。
舌打ちをした。
どうせ、向こうも部屋に閉じこもっているから、顔を合わすこともないだろう。
そう思って部屋を出た。
が、廊下に出ると、いい匂いがした。
既に夕方で、悟空が夕食の支度を始めているらしい。
こんな時でも夕食を作ろうとするなんて、悟空らしいと思った。
少し苛立ちが収まったが、そのまま玄関にと向かう。
と、書斎の扉が開く音が聞こえたのだろう。パタパタという足音が追ってきた。

「さんぞ……」
ためらいがちに声をかけられた。
振り向くと、少し俯いて視線を外している悟空の姿が目に入った。

「あの……ごめん……」

小さな声。
これを期待していたはずだった。謝ってくることを。
だが、実際に謝られると、なんだがこっちの方が子供のような気がした。
ただ拗ねているだけの子供。
だから黙っていた。
すると悟空が近づいてきた。手が肩にかかり、背伸びをするようにしてキスをしてくる。
触れるだけのキス。
普段だったら、もっと近くにと抱き寄せて、その唇を存分に味わっているところだ。

だが。
何の反応も返さずにいたところ、しばらくして、悟空が離れていった。
一瞬、俺の顔を見て、悟空は俯いた。そのまま横を通りすぎて、靴を履く。手がドアにかかり――。
出て行くのだ、とわかった。
そして、もう二度と戻ってくるつもりはないのだと。

「悟空」

腕を掴んで、引き寄せた。強く抱きしめる。

「悪かった」

自然に言葉が出てきた。
くだらない意地で、腕の中の存在を失うところだったと気付いた。

「三蔵、ごめん……ごめんなさい……」

悟空の泣きじゃくる声が聞こえてきた。

「お前は悪くない」

囁いて涙を流す目に唇を寄せた。
赤く腫れていた。
たぶん、泣いたのは今が初めてではないのだろう。
どうして、こんな風に泣かすことができたのだろう。

もしも、この存在が消えてなくなったら――。

この温もりを失うくらいなら、意地もプライドもいらない。
そんなものに意味はない。

更に、強く強く抱きしめた。