2. 100万回の口付け


家に帰ると、いつもなら、「おかえり」と嬉しそうな顔で言ってくる悟空の姿が見えなくて、少し落ち着かない気分になった。
別に「ただいま」と返してやることもないので出迎えなかったからどうだということもないのだが。
それでも、やっぱり気になって、悟空の部屋を覗いた。
転寝でもしていたのだろうが。悟空はベッドの上に身を起こし、どことなく呆然とした様子で宙を見ていた。

「悟空?」

名前を呼ぶと、パッとこちらを見て、泣きそうな顔で両手を伸ばしてきた。

「どうした?」
「怖い夢を見た」

ぎゅっとしがみついてくる。微かに震えていた。

「子供じゃあるまいし」

囁いて、柔らかく抱きしめ、背中をゆっくりと撫でてやった。悟空がほっと肩の力を抜いたのがわかった。
本当に滅多にないことなのだが、ごく稀に、悟空は普段の姿からは想像もつかないほど、儚く不安気な様子を見せることがある。
施設で育ち、保護者に先立たれ、たぶん無意識のうちに『置いていかれる』ことを恐れているのだろう。
何よりも笑顔が似合うのに。
しばらくゆっくりと背中を撫でていたところ、悟空が顔をあげた。

「三蔵、キスして」

安心したのかと思いきや、泣きそうな顔はそのままで。
だから、そっと唇に触れた。
何度も何度も、優しく、羽のようなキスを繰り返す。

「三蔵、三蔵、三蔵……」

キスの合間に悟空が囁く。

「どこにも行かないで……そばにいて……離さないで……」

あまりにも悲痛な訴えに、両手で悟空の頬を包み込んだ。

「今更、手放せるか。それは、お前がよくわかっているだろう」

毎日、毎日、息苦しいほど濃密な夜を過ごしているというのに。

「三蔵……」

それでも、まだ恐れは消えないのだろうか。
不安気に揺れる金色の瞳にキスを落とし、また唇へのキスを繰り返す。
何度でも。
その不安が消えてなくなるまで。

「ん……さん……ぞ……」

深くなっていくキスに悟空の体が熱を帯びていく。
甘く溶けていく体も、その綺麗な心も。
放す気など全くない。
離れる気もないし、離れていくことすら許さない。
それがわかるまで、何度でも。
柔らかく、甘美な唇に教えこんでいく。
何度でも。