5. 貴方の触れた缶ジュースにそっと


「三蔵、間違えてブラック、買っちゃった。飲んで」

学校から帰ってきた悟空が「ただいま」と言うなり、カバンから缶コーヒーを取り出して、俺の前に突き出した。
なんなんだ。
この脈絡もない突発的な行動のウラには、きっとなにかある。
そう思ったが、きっと脱力するような理由だろうと思い、素っ気なく答えた。

「あとでな」

途端に悟空が頬を膨らませた。

「今、飲んで」

そう言うと、プルタブを引いて改めて差し出してくる。
ため息をついた。
なんだかんだとごねられるのも面倒なので、とりあえず受け取って飲んでやる。

「三蔵、缶。捨ててくるから」

飲み終わると、悟空は上機嫌で缶を奪い取り、キッチンへと入っていった。

なにを企んでいるんだか。
少し気になって、後を追った。

キッチンに行くと、目を瞑って、缶にそっと唇を寄せている悟空の姿が目に入った。

「なにをしている?」

まるでキスをするかのようだ。
なんで缶にそんなことをする、とちょっとムッとして声をかけた。

「さ、さ、さんぞっ!」

パッと缶から唇を離し、うわずったような声をあげ、悟空は耳まで赤くなった。
慌てたように後ろ手で缶を隠す。

「隠してもなにも変わらん。なんのつもりだ?」

悟空は顔を伏せた。

「……おまじない」

やがて、小さな声でポツリと呟いた。

「は?」
「だから、おまじない。好きなヒトが飲んだ缶ジュースにキスをすると恋人同士になれるっていう。三蔵、ジュースは飲まないだろうから、缶コーヒーにしたんだけど」
「……くだらないことを」

悟空の顔が少し歪んだ。
泣かれる前に腕を掴んで引き寄せた。

「違う。今さらなんでそんなことを願うんだ?」
「だって、俺、考えてみればちゃんと好きだって、言われてな……」

少し泣きそうな顔のまま悟空は言うが、途中でなにかに気付いたかのように言葉を切った。

「三蔵、今さらって言った? ってことは、恋人同士だって思ってもいいの?」

なんだかひどく驚いたような間抜け面。
それに苦笑しつつ、キスを落とした。

「惹かれているって、言わなかったか、俺は」

触れるだけのものではなく、ちゃんと悟空にわからせるために深くキスをする。
何度も、何度も、執拗に、悟空の体から力が抜けるまで。

「それに、もうとっくにいろんなことはすませているだろうが」

やがて倒れこんできた悟空の腰に手を回して更に引き寄せ、ばら色に染まる耳朶を甘噛みしながら囁く。ビクッと悟空が震えた。

「わからないなら、わからせてやるよ」
「んっ!」

耳に舌を這わせると悟空の体が大きく跳ねた。
震えながらも、快楽から逃れようとする体を持ち上げて、ダイニングテーブルの上に乗せた。

「や、さんぞ……。まさか、こんなトコ……あっ」
「ベッドまで持つかよ」

あんな可愛いことを言われれば、おねだりされているのと一緒だ。
抑えられるわけがない。

「ふ……あっ! あぁ……」

そして、そんな艶やかな声を聞かされれば。

容易く理性など失われる。

溺れていく。
自覚しても、制御のつかないその感情。

「悟空……」

なにもかもが押し流されていくなか、ただ一つだけ残る名前を呼んだ。