願いごと


ようやく終わった原稿を抱え、三蔵は居間の扉を開けた。


「しゃしゃのはっ、しゃらしゃらっ」


と、元気の良い歌声が聞こえてきた。ぼーっとしていた頭が少し覚める。
目をやると、どこで手に入れたのか、小振りながらも立派な笹が立てかけてあるのが見えた。

このところ徹夜続きだったので、日付も曜日の感覚もおかしくなっているが、そういえば締切の日が七夕だったな、と三蔵は思い出した。
が、そんなイベント事よりも、笹の周囲に赤や黄色、オレンジや青の色紙の切れ端が散乱していて、この片付けはだれがするんだ、というのが先に立つ。


「ほら、悟空、星だぞ」

「しゅごーい」

「悟空、ここにのりをつけてください」

「はぁいっ」

「じゃあ、次は網飾りでも作るか」


悟空のため、という名目だろうが実は結構楽しんでいるのではないかというふたりにやらせればよいかと結論づけ、三蔵が近づいていくと。


「あ、さんぞっ」


悟空が気づいて、てててと走り寄ってきた。
どん、と飛びつかれて、危うく三蔵はバランスを崩しそうになる。


「おわり?」


仔猫が懐くように、ぐりぐりと頭を押し付けてから悟空が問いかけてくる。


「あぁ」


答えつつ、三蔵は悟空の髪にくっついている色紙の切れ端を取る。
よく見てみると、切れ端は髪だけではなく、体のあちこちにとついていた。
それを取ってやりながら、抱っこをせがんで両手を差し伸べる悟空を抱き上げて、三蔵は八戒と悟浄の方に近づく。


「おう、ご苦労さん」

「お疲れさまです」


ハサミを手にした悟浄と色紙に紐をつけている八戒が顔をあげ、三蔵に声をかけてくる。


「なにをしてるんだ、お前ら」


三蔵の記憶が正しければ、悟浄は原稿の受け取りに、八戒は次の企画の打ち合わせに来たはずだ。


「見ればわかるでしょ。七夕の飾りつけ」


ハサミをおいて、受け取った原稿を確かめながら悟浄がいう。


「悟空が七夕をしたことがないというものですから。駄目じゃないですか、三蔵。そういう日本の伝統的な行事はちゃんと教えてあげなくちゃ」


伝統的な行事?
と、三蔵は首を傾げたくなるが、八戒の言うことに逆らっても無駄なので、とりあえず黙っておく。


「悟空。ほら、さっきの提灯、できましたよ」

「すごーいっ」


八戒が色紙で作った提灯を見せると、悟空ははしゃぎ、三蔵が下に降ろしてやると、たかたかと八戒のところに行く。


「と、これでラストね。はい。確かに受け取りました。ご苦労さまでした。センセ」


トントン、と原稿を床に打ちつけて揃え、悟浄が立ち上がった。


「じゃ、俺は戻るわ」

「おいこら、待て。ここ、片づけてけ」

「まぁまぁ、まだ飾りつけは全部できてませんし、片づけならあとで僕がやっておきますよ。悟浄に貸しひとつでね。それより三蔵、少し寝てきたらどうです? 僕との打ち合わせは急ぎませんから」


とりなすようにいう八戒の言葉に三蔵は少し考えるような顔をし、それから髪をかきあげた。


「1時間くらい仮眠してくる」


そう言って居間を出て行こうとするが。


「くぅもっ」


悟空が三蔵の足にしがみついてきた。


「悟空、三蔵は疲れているんですよ。お昼寝でしたら、僕が一緒に寝てあげますから」

「う〜」


三蔵にしがみついたまま、悟空は首を振る。


「ほら、短冊にお願い事を書くんでしょ? それがないと完成しないですよ」

「さんぞといっしょに、かくもんっ」


いつになく強情に三蔵にしがみついているのは、このところろくに構ってやれなかったせいだろう。


「悟空」


三蔵が呼びかけると、悟空は泣きそうな顔で三蔵を見上げた。
三蔵は溜息をつき、ふたたび悟空を抱き上げた。


「蹴っ飛ばすなよ」

「うんっ」


一緒に寝ていいとわかった悟空が、輝くような笑顔を見せる。
それを見て。
願うことならもう決まっているな、と思いつつ三蔵は居間を後にした。





――いつまでも、この笑顔が絶えぬように。