ぐずぐずと泣き続ける声が部屋の隅から聞こえる。
座卓に向かっていた三蔵は、その声に溜息をついた。

ミルクもあげたし、おしめも変えたばかりだし、暑くもないし寒くもないし、泣く理由はなにもないはずだ。
たぶん眠くて、でも眠れなくてぐずっているのだろう。
だから放っておけばそのうち寝てしまうはずだ。

――が。


「……ったく」


小さく呟き、三蔵は立ち上がると、ベビーベッドを覗き込んだ。


「う〜」


涙の浮かぶ金色の大きな目が三蔵を見つめる。
手を伸ばしてくるのを、抱き上げた。


「なんだ、なにが不満なんだ、お前は」


柔らかいガーゼのタオルで顔を拭いてやりながら、囁くように聞く。
が、乳幼児では答えるのは無理というものだろう。


「話せりゃ少しは楽なんだろうがな」


とはいえ、今日はまだいい方だ。
大泣きしたまま泣きやまないときなど、どうしたら良いのか本当に途方に暮れる。

背中を軽くぽんぽんと叩きながら、その辺を歩き回ってみるが、ぐずる悟空は一向に泣きやまない。
ぐりぐりと頭を擦りつけるようにしているから、眠いのだろうが。

三蔵は軽く溜息をつくと、玄関に向かった。
少し環境を変えてみればまた違うかもしれない。
それほど煩く泣いているわけでもないから、近所迷惑にもならないだろう。
そう思って外に出る。


「いい加減、泣きやめよな」


通りを行ったり来たりしながら、悟空の様子を見る。
どうしてこんなことをしているのだろう、と思うことなどしょっちゅうだ。
いっそのこと、施設に預けた方が良いのではないかと思うことも。
だが。


「う、う〜」


悟空に袖を引かれて、ふっと意識が内から外に戻ってきた。


「あ〜」


悟空は空を見上げている。
なんだろう、と上を見てみると。


「虹……か」


空に大きく虹がかかっていた。
今日は別に雨が降ったわけでないのだが。
曇った空に浮かぶ虹は少し不思議で――。


「綺麗だな」


ふっ、と自然にそう思う。


「あう」


しばらくそうして虹を見ていたが、ぎゅっと掴まれた腕に視線を下げると。
悟空がにこにこと笑っていた。