接近 (1)


鏡のなかの自分の姿を見て驚く。

驚くってもんじゃない。驚愕ってもんだ、これは。
ガタンと椅子を蹴って部屋を飛び出した。
この陰謀の張本人を探して声を張り上げる。

「悟浄っ」
「おや、もう終わったのか?」

のほほん、といった感じで悟浄が姿を現した。

「へえぇぇ。すごい。化けたもんだなぁ」

そして感嘆の声をあげる悟浄の襟首を掴まえて締め上げた。

「なんだよ、これっ。こんなの、聞いてないぞ!」
「ちょっと、小猿ちゃん。締まってる、苦しいって」

襟首を掴んでいる手をぽんぽんと宥めるように叩かれるが、そんなんじゃ騙されない。
ってか、最初から騙すつもりだったのか、と思う。

アクセサリ屋さんを営む悟浄からバイトをしないかといって呼び出されたのが2時間前くらい前。
特別手当を出すっていうし、クリスマス近くで人手が足りないのかと思ってOKをした。

が。
店に行ったらすぐに車に乗せられて、スタジオみたいなところに連れてかれ、メイク用具を持った知らないお姉さんとともに小さな部屋に閉じ込められた。
あちこち塗りたくられて、出来上がったのが。

「にしても、どっから見ても女の子だ。しかもここまで可愛くなるとは」

悟浄が感心したようにいうのを、睨みつける。

そう。
背中にかかる長い髪のウィッグまでつけさせられて、綺麗に化粧を施された顔は、自分でもびっくりするくらいに『女の子』だった。

「あとは服。あれに着替えてね」

と指さされた小部屋の奥には、ミニ丈のワンピースがかかっているのが見えた。
ぶちっと、堪忍袋の緒が切れる。

「ふざけんなっ。なんであんなの、着なきゃいけないんだっ」
「だから特別手当を出すって。人助けだと思って」
「なにが人助けだっ」
「まぁまぁ、とりあえず理由を話すから聞けよ。クリスマスセールの宣伝のために撮った雑誌広告のモデルが問題を起こしてな。急遽、写真を差し替えなくちゃいけなくなったんだよ。けど、なかなか新しいモデルの折り合いがつかなくてな。ウチもそんな金が出せるってわけじゃねぇし」

はあぁぁと、悟浄はワザとらしく溜息をつく。

「だからって、俺を使うことねぇだろうが。ちゃんとした女の子の方が……」
「休み中に人を呼びつけるとはどういう了見だ、このクソ河童」

怒って言おうとした台詞は、もっと怒りのこもった言葉に遮られた。
振り向くと。

「あぁ。こいつ、三蔵。お前の相手役。三蔵、こっちは悟空。この間の子の代わりをやってもらう」

悟浄の声はどこか遠くから聞こえるようだ。

だって。
あの人だ。

最近、家の近所でよく見かける金髪のすごい綺麗な人。

すごく気になって……一目ぼれ、みたいなものかも、って思ってた。

その人が、相手役?
って、一緒に撮影するってこと?

「き、着替えてくるっ」

とりあえず小部屋に飛び込んだ。

落ち着け、落ち着け、自分。
この撮影ってやつを引き受ければ、あの人とお知り合いになれる、かもしれない。
だとしたら、これくらい――。

う〜、と煩悶しつつ、ワンピースに手を伸ばした。