接近 (2)


で、迷いに迷ったあげく覚悟を決めて、ワンピースを着た。
だけど足はスースーするし、体に纏わりつくふわふわした感触がなんかヘン。
っていうか、いくら化粧された顔が女の子みたいだっていっても、体形は男なんだし、こんなの着た姿ってヘン……なんじゃないだろうか。
ってか、きっとヘン。

やっぱりやめとこうかと思うが、なんかホントに切羽詰まってる感じだったからなぁ。
口で言うより、見せてヘンだってことを納得させた方がいいかも。
そしたら諦めるだろうし、代わりの女の子を探すのだって早く取りかかれる。

けど、笑われるかもしれない、な。
でも、笑われてても、あの人には覚えてもらえる、よね。
ヘンなやつっていう印象になっちゃうけど、でも、全然覚えてもらえないよりはマシ……だよ、ね。

「あ、の……」

そんなことをぐるぐると考えながら、そろそろと扉を開けたところ。

「もう、なにやってるんですか、あなたは。こんな時期に写真の差し替えなんて。もう限定品の発売は始まっちゃてるんですよ」

見知らぬ人がいて、悟浄といい合いをしていた。

「だから謝ってるじゃないか。」

降参といってるかのように両手をあげて、悟浄が宥めるように答える。

「だいたいね、あなたの見る目がなさすぎなんです。こっちまでイメージが悪くような女の子を使うなんて」
「だから、今日は直接見に来たってわけ?」
「そうです。……って、おや」

ふっ、と悟浄と言い合いをしていた人がこちらを向いた。
一瞬、眼鏡の奥の緑の目がキラリと鋭い光を放ったような気がした。
気押されて、ちょっと引く。
が。

「この子ですか?」
「そ」

悟浄に確認してからもう一度こちらを向いた顔は、さっきのが見間違いじゃないかってくらいすごく優しそうな表情を浮かべていた。

「すごく良さそうな子じゃないですか。どこで見つけてきたんです?」
「店のバイト君。お前も履歴書、見てると思うけど。悟空――孫悟空だよ」
「え? ってことは?」
「そ。男の子。この間、ふざけてサンタ服を着せてみたらすごく可愛く仕上がっちゃって。結構使えるかも、って思ってたんだけど。ふーん。やっぱいい線いってねぇ?」
「確かに……。でも、悟浄、まさか権限振りかざして無理やりじゃないでしょうね。いくらイメージでも、それは……」

緑の目の人は複雑そうな表情をする。

「あ、大丈夫。特別手当を出すことで了承済だから。な、悟空?」

いや、別に了承してないけど。

「そうですか。それは良かった。ありがとうございます。孫君」

手を握られて、それはそれは嬉しそうに笑われて、喉まで出かかった言葉は音にはならない。

ってか、この人、誰だろう。
なんか悟浄と親しげで、俺の履歴書を見てるっていうことは、お店関係の人?
そんな疑問が顔にでていたからか。

「お、そうだ。悟空。そいつ、俺のトコの社長。オーナー様だ」
と、悟浄が教えてくれた。

……。
……へ? 社長? ってことは、最高権力者???

「といっても、悟浄の言葉使いでわかると思いますけど、悟浄とは腐れ縁の友人です。猪八戒といいます。よろしくお願いしますね」

雲の上の人かと思って、ちょっとパニクりかけるけど、にっこりと人の良さそうな笑みが浮かんだので、つられて笑顔になる。
が。

「おい。いつまで待たせる」

ぐいっと腕を掴まれて引っ張られた。

三蔵。

さっきようやく名前が分かった、あの綺麗な人だった。
三蔵は俺の手を掴んだまま、明るい光の漏れる部屋にと向かう。自然と八戒の手が離れて、そっちに引っ張られる。

「撮影するなら、さっさとしろ。俺は忙しい」
「もう三蔵さまったら、ココロ狭いな」

ついてきて、からかうように笑う悟浄を、三蔵はひと睨みで黙らせた。

……怖えぇ。

なんだろ。
ものすごく不機嫌だよ、この人。

が、悟浄も八戒もたいして気にした風もなく、それどころか笑みさえ浮かべてる。
こういう不機嫌な状態が普通なんだろうか、この人。

ちらりと様子を窺う。
怖い顔をしてるけど。
でも、やっぱり綺麗だよな。
綺麗な顔を見ていたら、怖いのも忘れ、ほわんとなって見とれてしまった。