急転 (1)


ものすごく不本意ながら、渋々と部屋から出ると。

「うわぁ。すごい可愛いですよ! 悟空!」

にこにこと笑う社長様に出迎えられた。

「あの、ですね、社長」

すぅっと大きく息を吸って、抗議しようと思ったところ。

「社長だなんて。便宜上、そうなっているだけですから。『八戒』と呼んでください、悟空」

と、さらに笑みを深くして言われ、気を殺がれて、うっと言葉につまる。
が、気を取り直して。

「じゃ、八戒。一体全体、これはどういうことですか」
「あぁ。そうですよね。本当に突然ですみませんでした。それを先に言うべきでしたね。失礼しました。あんまりにも可愛かったものですから」

ちょっとしおらしい感じでそう言われ、手を取られた。そのまま自然に歩き出す。

「それにしても悟空しかいないと思ったんですが、やっぱり正解でしたね。はい、これを」

そしていきなり目の前に花束を差し出され、なんだかよくわからないうちに、反射的にうっかりと受け取ってしまう。

「じゃ、あちらへどうぞ」

それから促されて、明るい光の方に進まされる。
で、あれ? と思ったときには。

「はい。この辺でちょっと跪いてもらえますか?」

いつのまにか。わらわらと人に取り囲まれていた。
ばっ、と八戒の方を向くと、にこにこと笑った顔。

――なんかおかしい。

もの凄く腑に落ちない気持ちになってくる。
こんなの嫌だって抗議しようと思ってたはずなのに――。

「あ。動かないでください」

座らされたまま、たくさんの人の手があちこち動いて、服の皺とかいろいろを直してく。

「綺麗だよ、小猿ちゃん」

と、近くで聞き覚えのある声がした。

「悟浄!」

きっ、と顔をあげると、俺の頭の上に乗っかってる冠みたいなものの具合を確かめてる悟浄がいた。

「睨まない、睨まない。ちなみに俺もココ来るまで、この役をだれがやるのか知りませんでしたから」

とりあえずこのやり場のない怒りを悟浄にぶつけてやれ、と思ったけど、でも、なんかよく見ると……目の下、すごいクマ?

「お前もアレだが、俺ももうタイヘンだったんだぞ。ティアラなんて考えたこともないモンまで作らされて。これ一式、さっきできあがったばかりのほやほや。工房の連中と三連徹」
「……なんで、こんなことになったんだよ」
「いや、それが俺もわからん。もとは八戒の発案。ウチ、もうすぐ一周年なんだわ。それの記念カタログを作ろうっていう話が出て、んで、女の子の夢といったら花嫁でしょ!みたいな?」
「あー……」

で、この格好か。
思わず頭を下げて、自分の格好を見る。

真っ白のふわふわのドレス――つまりはウェディングドレス、というやつだ。
しかも良く見るようなのじゃなくて、前がミニで後ろは長く裾を引く感じで、なんだか可愛らしいやつ。
普通のより、『G』のイメージっぽい。

――って。
ドレスがいくら可愛くたって、自分が着るなんて言語道断!

だいたいこんな格好、ホントにホントはしたくなかったんだ!
バイトしてたら、イキナリ八戒に拉致られて、一室に閉じ込められて、こんな格好をさせられた。
だいたいさ、メイクが女の子って卑怯だ。力づくで抵抗しようっていってもできないじゃないかっ。

「にしても、ホント似合うわ。八戒さん、お目が高いなぁ」

なんかいろいろ思い出してふるふると怒りに震えていたところ、のんびりとした声が上から降ってきた。
もう一度睨みつけようとしたところ。

「あ、そのまま動かないでください」

声がかかる。

「こう、跪いて、頭を垂れる感じで。これからよろしくお願いします、という雰囲気で」

――なんだ、それ。

「じゃ、小猿ちゃん、頑張って」
「おい、悟浄っ」

離れてく悟浄を追って立ち上がろうとするけど。

「動かないでっ」

声が飛ぶ。
ので固まる。

――ううう。

わかってるよ。そんなに嫌ならやめちゃえばいいんだ。
このまま立ち上がって、やってらんないとかなんとか言っちゃえばいい。
そしたら自動的にこんな格好からは解放される。

でもさ、でも――。
花嫁――ってことは、花婿、もいるんじゃないかな……なんて思ったりして。

そしたら。
もしかしたら――。

目の奥に、金色に綺麗な人の姿が浮かぶ。
きっとカッコイイんだろうな、って思う。

――あぁ。もう。ホント、自分でもバカじゃないかと思うよ。こんな格好させられてまで……会いたい、って思うなんて。

「そのまま、ちょっと目を閉じてください」

また声が飛んできて、反射的に目を閉じる。目蓋の裏に眩しいフラッシュの光。
なし崩しに撮影は始まり――どんどんと時間は過ぎていった。