後瀬 (1)


入口の辺りが急に騒がしくなった。
なんだろ、って思って顔をあげたら――。

一瞬で、周囲のすべてが色褪せたように思えた。
その人だけが色を持っている――そんな感じ。

綺麗――。

目が離せなくなる。
だけど。
ふと、妙なことに気がついた。

その人はまっすぐにこちらに向かって歩いてくる。
だれにも邪魔をされずに。

周囲に人はいて、なんかその人についてこそこそと話してるみたいだけど、だれも話しかけようとはしない。

対して、もう一人一緒に入ってきたんだけどそちらは入り口のところで女の子たちに捕まってる。
そっちの人は、長身で目立つ赤い髪。
綺麗――という感じではないけど、一般的に言って『格好良い』と言われる部類だろう。

どちらも張るくらいのカッコ良さなのだけど――周囲の反応の違いがなんか面白い。
そんなことを考えているうちに。

「おい」

綺麗な方の人が目の前に来て、ショーケースの上を軽く指で叩いた。
なかのものが見たいのだろうか。
鍵を開けて、これかなというものを取り出す。

「合鍵」

並べていると、低い声がした。
え? と思って顔を上げる。

「合鍵をやったのに、なんで来ない?」

あ――と思う。

一度だけ、この人の家に行った。その帰りに合鍵を渡されていた。
その一度だけが――。
我知らず赤くなる。
それを誤魔化すために俯いて、ショーケースのなかからさっきの隣にあったものを取り出す。

「……だって突然行って、邪魔だったら困るし」
「そんなんだったら、最初から渡してねぇよ」
「それに留守とかだったら……」

考えてもみれば、合鍵はもらったけど、携帯の番号とかメールとかそんなのは全然聞いていなかった。

「ま、いい。今日は何時に終わる?」
「え? 店、終わるまでだから――そのあとの片付けもあるし、10時近くかな」
「向かいにコーヒーショップにいる」
「は?」
「ちゃんと来いよ」
「えぇ?」

ちゃんと返事をする前にその人は踵を返す。
――もう。
相変わらず、人の都合とかお構いなしだな。

……でも。
行っちゃうんだろうな。のこのこって感じで。
自分のことなのに、なぜか他人事のようにそう思った。