たいようのはな
はしゃぐように歩いていた悟空の足が、野原を前にして急に止まった。
「ここか?」
三蔵の問いかけに答えはない。
日当たりのよい野原の蒲公英は、綿毛にと姿を変えていた。
「……こんなんじゃなかったのに」
呟く悟空の声は微かに震えていた。涙をこらえようとしているのかもしれない。
「お前、最初に見つけたときからここには来てないのか?」
不思議に思って三蔵は聞いてみた。いくらなんでもあれから何日もたっているのに、綿毛になるのを知らなかったというのはおかしいだろう。
「だって、三蔵と一緒に見たかったから」
その答えに三蔵は思わず笑みを浮かべそうになった。
それを隠すかのように屈みこんで、足元の綿毛を摘み取った。
「ま、これはこれで綺麗じゃないか」
そう言って息を吹きかける。
ふわっと、綿毛が宙に浮かんだ。
「うわぁ」
悟空の目が丸く開かれた。
そのとき、一陣の風が吹きつけた。
さぁっと音を立てて、綿毛が風に乗って舞い上がった。
「こうやって、遠くまで飛んでいってそこで根を下ろす。もっとも山の上までは無理だったようだがな」
悟空が封印されていた五行山の山頂まではさすがに届かなかったのだろう。だからこそ、普通の人ならば見慣れている蒲公英の美しさにあれほど感動したのだろう。
いや、そうではないかもしれない。大地の愛し子である悟空にとっては、蒲公英もその他の花も優劣なく美しい花なのかもしれなかった。
きゅっと法衣の袖を掴まれて、三蔵は悟空を見下ろした。
「どこにも行かないで……」
俯いている悟空から小さな声が聞こえた。
綿毛のように飛んでいかないで、ということか。
三蔵の顔に滅多に見れない優しげな表情が浮かんだ。くしゃっと悟空の髪をかき混ぜる。
「花が見たけりゃ、また来年もくればいい」
見上げる悟空にその表情が見えないよう、三蔵はさっと踵を返した。
「帰るぞ」
言葉にならない言葉はしっかりと届いたようで、ぱたぱたと後をついていくる足音は軽かった。
来年も再来年もずっと一緒に――。