変奏曲〜variation (1)


玄関を開けるとふわり、と良い匂いが漂ってきた。
どこかほっとするような、そんな家庭料理の匂いだ。

「ただいま戻りました」

 三蔵はなかに向かってそう声をかけた。
 が、いつもならすぐに柔和な笑みを浮かべて顔を出すはずの養父の姿が見えない。三蔵は少し訝しげな表情を浮かべると、家の中にと入っていった。

「そろそろいいですね。いったん、火をとめましょう」
「えぇ? 冷めちゃうよ。このまま弱火でおいておく方が良くない?」

 と、会話が聞こえてきた。

「煮物はね、冷めるときに味が染みこむんです。だから、いったん冷ましてからもう一度暖めると、美味しくなるんですよ」

 声が聞こえる方に、足を向ける。
 そこはキッチン。戸口から覗くと、仲良く並んだ二つの背中が見えた。

「あ、おかえりなさい」

 人の気配に気づいたのか。
 不意に、小柄な方の人影が振り返った。三蔵の姿を認め、ぱっと顔を輝かせると、軽い足音を響かせてそばに近寄ってくる。

「悟空」
「今日、三蔵が帰ってくるって聞いて、遊びにきちゃった」

 にこにこと嬉しそうに笑って、悟空はそう言う。
 が、三蔵がなにも言葉を返さないので、その笑みは急速にしぼんでいく。

「えっと、ごめん。迷惑……」
「迷惑なわけないじゃないですか」

 力強い否定の言葉は、悟空の目の前からではなく、後ろから発せられた。

「ただちょっと驚いているだけですよ。あなたが来ることはナイショにしてありましたからね。でもナイショにしていた甲斐がありました。最近、こういう無防備な可愛い表情はなかなか見せてくれないんで」
「……お養父さん」

 複雑な表情を浮かべつつも、三蔵は軽く悟空の頭に手をやった。
 それで、怒っているわけでも迷惑に思っているわけでもないことがわかり、悟空の顔には再び笑みが戻ってきた。

「最近ね、光明にお料理を習いにきてるの。お料理ってあんまりしたことなかったんだけど、楽しいね。今日は三蔵の好きな肉じゃがだよ。俺が作ったから味の保証はないけど」
「大丈夫ですよ。今までだって、すごく上手でしたからね。ばっちり我が家の味になっているはずです」
「褒められちゃった。なんか嬉しい」
「こちらこそ、嬉しいですよ。一緒にご飯を作れる人ができて」

 にこにこと、まるで花が咲いたかのように仲良く笑い合う二人に、三蔵はどことなく眩しげな表情を向けた。

「江流、あなたは荷物を置いて着替えてらっしゃい。ご飯はもう少ししてからになりますから」

 そんな三蔵に光明はいつもの柔和な笑みを向ける。その笑顔に促され、三蔵はまた仲良く料理を再開する二人の背中を少し見つめてから、キッチンをあとにした。