旋律〜melody(1)
カチャ、と微かな音が響き、三蔵は弾かれたように顔をあげた。
扉が開く。
ずっと見つめ続けてきた扉が。
心臓が一度大きく跳ね上がり、鼓動を速める。
ステージに立つときにもこんな風になったことはない。
呼吸も早くなり、自分の心臓の音が耳元でしているようだ。
が。
完全に開いた扉から出てきたのは、予想――というか、期待していたのとはまったく違う姿だった。
ふっと肩から力が抜けて、三蔵はハンドルに顔を伏せた。
当たり前だ。
もうここにはいない。
引き払った、と調べはついているのに、少しでも可能性があるのならば、と思ってしまう。
例えば、なにか忘れ物をして戻るとか。
だが、それももうあり得ないことだとわかった。
新しい住人が入ったのであれば、もう二度とここには戻って来ないだろう。
というか。
引き払ったのならば、もう戻ることはないのは当たり前のこと。
短く息を吐き出して顔をあげたところ、コンコン、と少しだけ開けた車の窓を叩く音がした。
横を向けば――。
「これじゃ、まるでストーかーみたいですよ」
微かに困ったような笑みを浮かべる八戒がいた。
アパートの外階段を、トントンと軽い足音をたてて降りてくる若い男性に、八戒は視線を向ける。
「新しい人が入ったんですね」
八戒の言葉に、三蔵は答えを返さない。
だが、ややあって口を開く。
「……どうしてここがわかった?」
「あなたを迎えに来たことがあるの、もう忘れました?」
あぁ、そうか、と思う。
初めて出会ったときに。
――悟空と。
ギリッと無意識のうちに三蔵は唇を噛みしめる。
ハンドルでも叩いて、やり場のない想いをぶつけたいが、他人の目のあるところで――ましてや知っている人間の前で、そんなことはできない。
それくらいの理性はまだある。
だからグッとハンドルを握るくらいで思い留まるが、その分、胸のなかで焼けるような感じが膨らむ。
その熱を外に出すように、三蔵は少し大きく息を吐き出して、改めて八戒を見上げた。
「なにか用か?」
「今日は練習日だったんですよ。忘れてたみたいですが」
「……あぁ、そうか。悪ぃ。だが、携帯に連絡すりゃあいいだろ」
「そうなんですけどね。練習のことの他に連絡事項もあったんですよ。長く携帯を塞いでると、あなた、不機嫌になるでしょう。だから練習はとりあえず中止にして、電話するより先に心当たりを当たってみよう、と思いまして」
それが当たったというわけだ。
なんだか見透かされているようで、三蔵は少し不機嫌そうな顔になって問いかけた。
「で、なんだ?」
「急に仕事が入りまして」
「仕事?」
微かに三蔵は眉を寄せるが、今度は当惑したかのような感じだ。
「ラジオのゲストだそうです。曲込みで10分〜15分くらいのミニコーナー。この間のドラマ、評判良くて、今度、映画になることが発表になったでしょ? 公開はまだまだ先ですけどの宣伝も兼ねて、ですね」
先ごろ、《ou topos》の曲が挿入歌として使われたことのあるドラマの映画化が決定した。
挿入歌の評判が良く――というか、そのおかげで《ou topos》の名が知られるようになったのだが――《ou topos》に映画の主題歌の話が来た。
そして主題歌だが、異例のことに曲自体はすでに決まっていた。
というのは、製作側が出してきたイメージに合う曲が既にあり、こんな感じかと打診したところ、監督とプロデューサーがいたく気に入り、どこにも出していない曲ならばこれで行こう、という話になったのだ。
それはもともとそのドラマのイメージで作られた曲だった。
曲自体は三蔵が作ったものだが、きっかけはドラマに対する悟空の感想だった。
まだ映画化が決定する前の話で、特にアルバムとかなにかに合わせて作ったものではなかった。
曲のストックのうちのひとつ。
良くできたらライブで演奏しても良いし……くらいのものだった。
だからだろうか。
珍しく悟空が積極的に意見を言い、それをふんだんに取り入れたので、いままでとは趣の違った曲に仕上がっていた。
「といっても、主題歌になった曲はまだ流せねぇだろ」
製作に聞かせたのは練習のときに録音したもので、ちゃんとした録りはまだしていない。
それよりなにより《ou topos》が主題歌を歌うというのは映画の製作と同時に発表になっていたが、曲名の発表はまだされていなかった。
いずれ時期を見て、発表するつもりなのだろう。
こういうのは、小出しにしていった方が長く人の目を引く。
「えぇ。ですから、それとは別の。とりあえずドラマの挿入歌と、なんでもリクエストが多かったからといって……」
「あれ、か」
八戒が言葉を濁したことで、悟空の作った曲、とわかる。
三蔵は少し険しい顔になった。