旋律〜melody(2)


「あなたが嫌だというのならば、曲だけ流してもらってゲスト出演はなしにしてもらうよう働きかけますが。ただ曲だけにしても、あの曲を使わない、というのはちょっと難しいかと」


八戒の言葉に、三蔵の眉の皺が深くなる。

悟空が失踪してから、もう2か月近くが過ぎていた。
あのセンセーショナルな記事は最初の頃こそ騒がれはしたのだが、あとで正当防衛だったことがわかり、だいぶトーンダウンした。そもそも当人が起こした事件ではないし、事件当時、悟空はまだ幼くてどうすることもできなかっただろうというのもわかってきたためである。

その後、《ou topos》はずっとライブ中心で、テレビなどの主要メディアにまったく出ていなかったので、いまではもうそんな話は、世間的にはほとんど忘れ去れていた。

正確には、所詮《ou topos》はまだまだ駆け出しで知名度もそんなにないので、テレビで見かけなくなれば記憶から消去され、事件のことも大物俳優の浮気だとかモデルの熱愛だとかそういった話題に紛れてしまった、と言った方が良いかもしれない。
だがラジオ出演で曲が流れれば、また蒸し返されることになるかもしれない。


「そのコーナーで俺たちの曲を紹介するというのは、決定事項か」

「映画公開の話題作りですからね。僕らが行く行かないは別として曲を流すのは変えられない、と言われました」

「なら、仕方ねぇだろ。出る」

「ですよね。曲について、好き勝手にコメントされるよりはマシですものね。それに今回は免れたとしても、主題歌が僕らというのはもう公表済みですからね。嫌だといってもいずれはメディアに出なきゃならないでしょうし」


軽く、八戒は溜息をついた。


「とりあえず、そっちの話はしないような働きかけを事務所にはお願いしときますね。どれだけ期待できるか、わかりませんが。といっても、やましいことはなんにもないんですけどね」


じゃ、と言って八戒は立ち去ろうとするが。


「……後悔してるか? あいつを関わらせたこと」


ポツリと聞かれて、足を止めた。


「珍しく弱気ですね。悟浄も連れてくれば良かった。こんなあなたの様子、見逃したなんて知ったら悔しがるでしょうね」


途端に眉間に皺を寄せる三蔵に、八戒はクスリと笑った。


「前に言いましたよね。僕たちにはあの子が必要だって。いまでもそう思っていますよ。悟浄も同じ気持ちでいると思います。今日だって、練習を中止にすると決めるやいなや、お兄さんのところに話を聞きに行ってますし。」

「あぁ。例の新聞記者のか」


悟浄には半分だけ血の繋がった兄がいて、新聞社に勤めていた。その人が週刊誌の記事になった事件のこと調べてくれたのだ。
といっても、十年以上前のことで詳細な経緯まではわからなかったが、結果として正当防衛が認められ『事件』にはならなかったことを突き止めてくれた。
それで事務所も強気の態度で雑誌を出した出版社に抗議をし、結局小さく訂正記事が載った。その経緯があって、問題なしとして映画の主題歌の話もきた。

とはいえ、どこにでも足元をすくいにかかろうとする輩はいるものだ。
世間的には立ち消えたといっても《ou topos》を妬む輩の間では、事件にならなくても結局は人殺しには変わらないだろうという陰口は、いまだに消えることなく囁き続けられていた。


「今後のためにも少しでも事実を集めといたほうがいいですから。ま、でもなんにせよ、そもそも親のしたことを子供に被せるっていうのからしてどうかと思いますけどね」


八戒はふっと視線をあげた。過去を追うように。


「ずっとこんな思いをしてきたんでしょうかね、あの子は。本当にいい子なのに」


本来は素直で人懐っこい性格のはずなのに、どこか歪められてしまった感がある。

悟空と接していて三蔵が感じていたこと。
それはこのせいだったのかと、わかった。


「……馬鹿だな」

「え?」

「やっぱりあの馬鹿はいっぺんとっ捕まえて殴り倒してやんなきゃ気がすまねぇ」

「えぇ?」

「どう考えても馬鹿だろうが。それでなにが変わるっていうんだ? 変わるものなんてありはしねぇだろうが」

「三蔵」


ちょっと驚いたような顔をし、それから八戒は微笑んだ。


「ですね。変わらないですよね。さて、と。明日も練習ありますんで、忘れないでくださいね。それからラジオは急ですが一週間後です。詳しい日時と場所、あとでメールしますんで。じゃ」


どこかふっきれたような笑みを見せ、軽く手を振って八戒はその場を離れる。

ふっと息をつくと、三蔵は顔をあげた。
睨みつけるように前を見て、エンジンをかけると車を走らせた。