プレゼント(後)
そして誕生日当日の夕方。
どこに入ったのだろうというほど散々飲み食いをして、悟空はとてもご機嫌な様子で悟浄宅の扉のところで二人に手を振った。
「ありがと、な。八戒、悟浄」
にこにこと満面の笑みを浮かべている。
「いいえ。どういたしまして」
八戒も笑顔を返す。
「ところで、小猿ちゃん、三蔵サマからプレゼントは貰ったの?」
悟浄が悟空に聞く。
「えっと、寺院に帰ってから」
「プレゼントってのは、皆の前で開けてこそ喜びも倍増するモンだろ」
「そうなの?」
悟空が小首をかしげる。
「さっきの俺と八戒のプレゼントがそうだったろ?」
「あぁ、うん!」
悟空は手にした包みをぎゅっと抱え直した。ご馳走の他に二人はプレゼントも用意していた。
「三蔵も持ってくればよかったのに。それともなにか、持って来れないものだったり? まさか小猿ちゃんに対してヘンなことをしたりしないよな」
にやにやと笑って言う悟浄の頭に銃が突きつけられた。
「冗談だよ、三蔵サマ」
少し冷や汗をかきながら両手をあげて悟浄が言う。
三蔵はフンといった感じで銃を引いた。
「じゃあ、またね」
悟空が最後にそう言って手をふると、二人は仲良く寺院への道を辿っていった。
そして、その夜。
「で、プレゼントは何がいいんだ?」
三蔵は私室で悟空の洗い立ての長い髪の毛を拭いてやりながら尋ねた。
「えっとね……」
悟空が俯く。そして何事か、本当に小さな声で囁いた。
「何だ?」
聞き取れなかった三蔵は手をとめて、もう一度聞く。だが、悟空は俯いたまま何も言わない。頬が上気しているのは湯上りのせいばかりではないようだ。
三蔵は溜息をつくと、タオルを頭に被せたまま、悟空の頬を両手で包み込み顔をあげさせた。
「ちゃんと言わねぇとやらんぞ」
「……キス」
悟空が三蔵の視線を避けながら小さな声で言う。
「キス、してほしい」
その台詞に三蔵は少し訝しげな表情をみせた。
「いつもしてるだろうが」
「そうじゃなくて」
悟空が三蔵を見上げる。
「ちゃんとしてほしい。もっと、ちゃんと……」
そういうとみるみる頬を染め、また俯いてしまう。
そんな悟空の様子に三蔵の顔に笑みが浮かんだ。
そういえばこのところ、悟空が好きな何度も唇を触れ合わせるだけの柔らかいキスはしていない。触れるとすぐにもっと奥まで味わいたくなってしまうから。
「わかった」
額の金鈷にそっと唇を押し付けた。それから目蓋に、頬に。ふわりと優しいキスを落としていく。
軽く触れる感触がくすぐったいのか、悟空が笑う。その唇にもキスを落とす。触れるだけのキスを繰り返し、それから唇を柔らかくついばんでいると、悟空の頬が赤く染まり始めた。キスを受ける唇から切なげな甘い吐息がもれる。そのうちに悟空の体から力が抜けて三蔵の方に倒れかかってきた。
三蔵は悟空をすくいあげるようにして自分の膝の上に横抱きにすると、背中に手を回して、より深く唇を合わせた。舌を絡めとり、吸いあげる。体の力が抜け、抵抗する術もない悟空の口内を好きに荒らしまわる。
やがて、唇を離すと、悟空の金色の目が潤んでほとんど焦点を失っているのが目に入った。三蔵は微笑むと、悟空の上着の裾から内側にと手を差し入れた。そっとわき腹を撫であげ、その上を目指す。と、その手が途中で止められた。
上着の上から掴んでいるのは悟空の手。
「や、だ」
息を弾ませながらも、悟空ははっきりと拒絶の言葉を口にした。三蔵の眉根が寄った。
「今日はダメ」
「悟空……」
「誕生日だもん。プレゼントとして一番好きな人に願いを叶えて貰えるんでしょ? 今日は嫌。キスだけで、しない」
断固、と言った表情を見せて悟空が言う。三蔵は、あきらめたように溜息をつくと、上着の外に手を出した。悟空は満足そうに笑うと、三蔵に抱きついた。
「大好き、三蔵」
悟空はしばらく三蔵の胸に顔を埋めていたが、やがて顔をあげると不思議そうな顔で三蔵に聞いた。
「ね、三蔵。誕生日って一番好きな人以外からもプレゼントが貰えるんだね」
「勝手にくれるモンは別だ」
「そっか。じゃあ、八戒と悟浄の誕生日に何かあげてもいい? 勝手にあげる分にはいいんだよね?」
「別に構わんが」
三蔵はまた悟空の唇にキスを落とす。
「だが、あいつらからプレゼントを頼まれたら、言え」
何度も繰り返すキスの合間に囁く。
「なんで?」
「あいつらの言うことは聞くことはない」
三蔵の答えに悟空はクスッと笑った。
「もう、我が儘なんだから」
そう言う唇が塞がれた。甘くて深いキスが仕掛けられる。
「さん……ぞ……」
やっと離れた唇の端から、透明な雫が一筋零れ落ちる。三蔵はそれを舌で舐めとって、また唇を重ね合わせた。
何度もキスされて、悟空の体は甘く溶けてしまいそうになる。
「あっ、やっ!」
と、耳のすぐ下に唇がおりてきた。悟空は身を震わせた。
「や、さんぞ……や……め……」
這うように唇が首筋を辿っていく。
「何で。キスをしろと言ったのはお前だろう」
「そこは……しなくて……んっ!」
鎖骨をなぞるように温かく柔らかい感触が動いていく。悟空は三蔵の髪を掴んで引き離そうとした。だが。
「あ、ふぅっ!」
突然、悟空の体が弓なりにしなった。
いつの間に上着のボタンをはずしたのか。はだけて露わになった胸の果実に三蔵の唇が軽く触れたのだ。
「やめた方がいいか?」
息がかかるほどの近さで、でも触れずに三蔵が囁く。
「さんぞ……」
中途半端な刺激を与えられたところでやめられてしまった悟空の目から涙が溢れ出す。
「どうする?」
涼しげな顔をして言う三蔵を悟空は睨みつけた。
「どうして……そんな、いじわるなこと……」
三蔵はふっと笑うと、胸の果実を口に含んだ。
「やんっ!」
悟空の手が三蔵の頭を抱きかかえた。引き離すためではなく、もっと近づけるかのように――。
誕生日には、プレゼントとして一番好きな人に一つ願いを叶えてもらえる。
それは、三蔵が子供の頃に光明から教わったこと。
だが、これが甘えるのが下手だった三蔵のために光明が作った話だと、二人が気付くのはもう少し後である。
とはいえ、最初のキスから続くこの甘い習慣。
気付いた後も続いたかどうか。
それは二人の秘密だったりする。