思ひ初めし花の色 (1)
「悟空、眉間に皺が寄ってますよ」
隣から聞こえた柔らかい声に、悟空はじっと目を凝らしていたグラスから視線をあげた。
にこにこと柔和な笑みを浮かべる養父が目に映り、小さくため息をつく。
いつもそうなのだ。
こんな人の良さそうな笑みを浮かべるくせに、結局のところ、この養父は自分の都合の良いように物事を進めていく。
今回のことにしてもそうだった。
3日ほど前。
麗らかな春を思わせる陽射しのなか、並んで、桜並木を歩いていた。
春を思わせる、といっても、桜が咲くまでには少し間がありそうだ。木に蕾らしきものは見受けられたが、まだ色づいてもいなかった。
花が咲いていなくても、この桜並木は悟空のお気に入りの場所のひとつで、よくそぞろ歩きをしていた。この日のように、養父と連れ立ってくることも珍しくはなかった。
「悟空ももうすぐ18歳ですね」
ふと、隣で養父が、しみじみと感慨深げに呟き、思いを馳せるように遠くを見つめて沈黙した。
ここまで苦労して育ててくれたのだ。
今までのことをいろいろと思い返しているのだろう、と悟空は、同じように沈黙を保っていた。
だが。
「お見合いをしてみませんか?」
出し抜けにそんなことを言われて、思わず足が止まった。
「いささか早いような気もするんですが、ぜひに、と言われましてね。知り合いの甥御さんなんですが」
「ちょっと、光明っ」
驚きから立ち直り、悟空は話を遮った。
「見合いなんて、できるわけないじゃんか。なに、考えて……」
「知り合いといっても、取引先の社長さんなんですよ。熱心に言われては、会わずに無下に断るわけにはいかなかったもので。でも、あなたが嫌ならもちろんお断りしますけど」
少し困ったかのような表情を浮かべる光明に、悟空の表情も曇る。
光明は、名のある大企業というわけではないが、決して小さくはない会社を経営していた。
見合いを断ったことで、取引先との関係が悪くなれば、会社の業績にも影響してくるだろう。それは即ち、社員の生活にも関係してくるということだ。
もちろん商売に私情は禁物だ。
だが、人間だ。
嫌な思いをすれば、それが取引に影響することもあるかもしれない。
「……会ったあとならうまく断れる? ってか、断るしかないと思うケド」
「あぁ、それはもちろん」
途端に光明の顔が明るくなる。
まぁ、この養父のことだ。断るときには、うまく相手の感情を逆なでしないように断るだろうが。
と思っていたところ。
「でも、気に入ったのならば言ってくださいね。なんとかしますから」
にこにこと笑って、そんなことを言われ、悟空は顔をしかめる。
「なんとか、って言ってもそれは無理だって。どうしようもないことってあるんだから」
「いいえ」
静かに光明が答える。
「あなたには幸せになる権利があります」
「光明……」
力強く言う光明に、悟空の声が少し震える。
が。
「きっと可愛いと思うんですよ、あなたのウェディングドレス姿は。できればミニがいいですよね。お色直しはチャイナドレスで。あぁ、でも着物も捨てがたいですよね。それにしても、私、泣いてしまうかもしれません。あぁいうのは、花嫁の父を泣かせようという演出が凝ってますからね」
と、なにやら一人で盛り上がっている言葉を聞かされて。
なんだか腑に落ちない気分にさせられる。
詰まるところ、光明はこのお見合いに乗り気だということ? 無理やり頼み込まれたわけでなく?
しかも、ウェディングドレス?
「光明っ」
前言を取り消すべく口を開くが、後の祭り。
こうして、結局、不本意極まりないながらも悟空はホテルのレストランに連れてこられ、相手が来るのをじっと待っていた。