思ひ初めし花の色 (2)
そして、レストランの入口では。
「あぁ、あそこだ」
入口の係員に名前を告げる前に、赤く塗られた形の良い唇に笑みが刻まれた。
その言葉に、三蔵は視線を動かす。
奥の方の席に、柔和な笑みを浮かべる男性と、長い髪を三つ編みにした少女が座っていた。
軽く手を振って案内を断り、歩き出す連れの後ろをついていく。
近づくにつれ、少女の容姿がはっきりとしてきた。
それを見て、三蔵は軽く眩暈のようなものを覚えた。
高校生、と聞いていたが。
幼さの残る顔。
どう見ても、中学生にしか見えない。
しかも。
着ているものは制服だ。さらに、幼さに拍車をかけている。
私服で、少しは化粧でもしていれば違って見えるものを。
本格的に頭が痛んできた。
よりにもよって、なんでこんな子供と見合いなぞしなくてはいけないのだろうと思う。
そもそもの発端は、前を歩く叔母に突然呼び出されたことから始まった。
見合いをしろ。
呼びつけられた部屋で、開口一番そう言われ、三蔵は眉間に深い皺を刻んだ。
「現役女子高生だぞ。すげぇだろ」
なにが凄いというのだろうか。
眉間の皺がますます深くなる。
だが。
「相手は、光明のとこの娘だ。お前、光明とは親しくしているんだろ? まさか会わずに無下に断ることはないよな」
そう言われて、三蔵は珍しくも言葉を詰まらした。
光明は、三蔵にとっては人生の師とも言える人物だった。人の言うことにまったく耳を貸さない三蔵が、光明の言葉にだけは耳を傾ける。それくらい三蔵にとって、特別な存在だった。
その人の娘との見合いだ。
確かに今までのように、釣り書きも見ずに断るというわけにはいかない。
「まぁ、娘と言っても養女ということだが。しかし、幼い頃から手塩にかけて育ててるらしいから、期待できるぞ」
そんなことを言う叔母に、三蔵は冷たい視線を送った。たいていの人が怯えるその視線を、叔母は蚊に刺された程度にも感じはしないのだが。
光明の娘については、光明自身の口から何度か聞かされたことはあった。
自分から吹聴してまわるようなことはなかったが、自慢の娘で、かなり可愛がっていることはその口調から知れた。
といっても、三蔵にとってはそれだけの話だった。
光明のことは深く尊敬しているが、光明の娘だからといって、今まで興味を持つようなことはなかった。
そして、見合いが決まったからといって、特に期待をかけようとも思わなかった。
光明は光明で、娘は娘だ。
ただ、大切に育ててきた娘と見合いをさせてもいいと思っているほどには、光明に信頼されている。
それはなんとなく嬉しかった。
だが、こうも子供とは思わなかった。
目の前の少女に、三蔵はため息をつきたい気分になった。
と、近づいてくる気配がわかったのだろう。
少女が視線をあげ、それから立ち上がった。
零れ落ちそうなほど、大きな金色の瞳。
その生き生きとした色に、それまでの印象がすべて覆されたような気がした。
生命力が溢れる、美しい色合いの瞳。
こんな瞳は見たことがない。
その瞳に、一瞬、三蔵は囚われたような感覚に陥った。