【原作設定】
照る照る坊主
2006年7月14日
雨が止まない――
雨のせいで、宿屋に足止めを食らってから、今日で3日目。
一向に降り止まぬ雨を、ぼんやりと入口で見ていたところ、突然、服の裾を引かれた。
見下ろすと、手に白い布を持った宿屋の子供たちがいた。
「おかーさんがくれたの。おにーちゃんも照る照る坊主を作ろう」
にこっと笑顔が浮かぶ。
その笑顔に、ふと昔のことを思い出した。
寺院にいた頃。
雨は苦手だった。
三蔵の様子がヘンになるから。
なんだか心ここにあらずって感じになる。
話を聞いてくれないってわけじゃないし、うるさくすればハリセンで叩かれたりもするけれど、でも、いつもとは違う。
こっちを見ているのに、ちゃんとは見てくれていないような。
そんな感じがする。
それは凄く悲しいし、淋しい。
だから雨が降ると、早く止まないかと、じっと空を見ていることが多かった。
そんな折、照る照る坊主のことを知った。
教えてくれたのは誰だったろう。たぶん長安の町の誰かだったと思う。寺院の奴らがそんなこと、教えてくれるとは思えないし。
とにかく、それを知って嬉しくなった。
本当に雨が止むと信じたわけじゃないけれど、ただじっと空を見ているよりも、ずっといいと思った。
教わったとおりに、照る照る坊主を作り始めた。
そんなに難しくなかったから、ほどなくして出来上がった。結構良い出来で、三蔵が帰ってきたら見せてやろうと思った。
だが、その日はいつまで経っても三蔵は帰ってこなかった。
仕事が忙しいのかもしれない。
いつもなら、夕食時には一度戻ってくるのだが、それもなかった。
少し胸が痛くなったが、でも、そんなことでメソメソするのはイヤだった。
それで、もう1個、照る照る坊主を作ってみようと思った。
何もせずに待っていると、イヤなことばかり考えてしまうから。それに、1個より2個の方が効きそうな気もした。
1個が2個に。2個が3個に。
途中から何個作ったのかわからなくなり、そして……。
いつの間にか、眠ってしまったらしい。
気がついたら、ベッドのなかだった。
あれ?
そう思って起き上がろうとした。
と、隣で三蔵が寝ているのに気がついた。
驚いた。
普段だったら、雨の日はこんな風に一緒には寝てくれない。
なんだが嬉しくなった。
笑って、三蔵に擦り寄った。
たぶん、あの時の笑顔は、こんな風な無邪気なものだったのだろう。
宿屋の子供達の笑顔を見て思った。
宿屋の子供たちと一緒になって作った照る照る坊主を手に部屋に戻った。
ベッドに座って、煙草をふかしている三蔵の目の前に照る照る坊主を突き出した。
「なんだ?」
「照る照る坊主」
「見りゃわかる。どういうつもりだ、と聞いている」
「外に吊るしとこうか、って思って」
と、三蔵が嫌な顔をした。
作った照る照る坊主の顔はタレ目。言わなくても、誰に似せたかはわかるだろう。
それを雨の降る外に吊るそうって言うんだから、そんな顔にもなるだろう。
だけど。
「そしたら、反省して無茶なこともしないんじゃないかと思って」
そう続けて言うと、三蔵はもっと嫌な顔をした。
が、その顔が、嫌な顔からイヤラシイ顔に変わる。
げっと思ったが、とき既に遅し。
手を引かれて、その腕の中に閉じ込められる。
「お前だって結構ノッてたじゃねぇか」
耳元で囁かれ、頬が熱を持つ。
ずるい。そんなトーンで囁かないで欲しい。
ちょっと口を尖らせて見上げると、綺麗な紫の瞳と目が合った。
自然に唇が触れ合う。
「そういえば、お前、前にもこんなのをたくさん作っていたことがあったな」
ただ触れるだけのキスを何度も交わした後で、三蔵がそんなことを言い出した。
「あー、そう。後で三蔵にハリセンで叩かれた」
「当たり前だ。散らかしやがって」
恨めしそうに言ったが、フンと鼻であしらわれた。
ぶぅ。
「……だって、淋しかったから」
呟くと、髪を梳くように撫でられていたのに、その手が止まった。
「今もか?」
静かに三蔵が聞いてくる。
見上げる紫の瞳に映るのは、自分の顔。
「今は大丈夫」
ちゃんと三蔵が見てくれているのがわかるから。
「でも、無茶はやめろよな。ホントに吊しちゃうぞ」
もう一度撫でて欲しくて、頭を三蔵の手に押しつけて言う。
三蔵からの返事はなかったが、頭を撫でるのは再開してくれる。
嬉しくて、笑みを浮かべて、三蔵に擦り寄った。