【パラレル(狩人×守護者)】
月下香


2006年8月2日


 森に侵食された廃墟の街を、江に手を引かれて歩いていた。
 青白い月明かりだけが地表を照らす静かな夜。

 ふっと甘い香が鼻腔をくすぐった。

 月下香――

 あれは街に咲くものではないのにと思い、だけど、すぐにここがもう街ではないことを思い出す。

 昔、ここは賑やかな街だった。それなのに、今は見る影もない。
 そう考えると、少し淋しい気持ちになった。
 今はもう遠い夢の出来事。

 花の香を辿って、辺りを見回す。
 視線の先に、夜に明かりを灯すかのように、ぼぉっと白い花が浮かび上がっているのが見えた。

 香は記憶を揺り起こす。
 白い花に、懐かしい面影が重なって見えた。
 鮮やかに蘇ってくる姿。優しい微笑み。

 だが、突然、その姿はかき消えた。
 目の前に、現実の姿が現れて。

 江――。

 呼びかけは、有無も言わさずに塞がれた唇で遮られる。

「ん……」

 最初から深く重なるキスに、思考が――そして、体もついていけない。
 絡めとられた舌を強く吸われて、頭の芯がクラクラとする。
 性急なキスに呼吸が合わせられなくて、苦しくなる。

 逃れようと身をよじるが、逆に強く抱き込まれる。
 まるで、逃がさないとでも言うように。
 江の袖を引いて、訴えかけてみるが、それさえも無視されて。
 ただ、激しく貪られる。

 飲みきれない唾液が口の端から零れ落ち、触れ合う舌がたてる水音と荒い吐息が、闇の中に秘めやかに響く。
 甘い香に包まれて、襲いかかる嵐のような激しいキスに、為す術もなく翻弄される。

 やがて、やっと唇が離れていった。

 ほとんど酸欠状態で、江の腕の中にと倒れこむ。
 ぎゅっと抱きしめられて、余計に苦しくなるが、その手の強さが必死な感じがして、顔をあげて、下から江の顔を覗き込んだ。

 泣いているような江の顔が目に入った。

 そっと手を伸ばして、江の頬を包み込んだ。
 触れるだけのキスをその唇に落とす。

「大好き……」

 囁く言葉に、ようやく江が微かに笑みを見せた。


(memo)
 某さまにささげたお話。以前この話はNovelTopで連載(?)していたもので。「月下香」は「チューベローズ」とも呼ばれています、と書いたところ、ステキな読み間違いをいたしていただきまして(笑)