【原作設定】
除夜の鐘


2007年12月31日


暗いなか、ふっと悟空は目を覚ました。
もぞもぞと動いて、自分以外の温もりを探そうとし、だが、遠くから鐘の音が聞こえてきて、悟空は動きを止めた。

鐘の音――除夜の鐘。

ふうぅ、と大きな溜息をつき、それから諦めたように目を閉じる。
が、ふわりと頭を撫でられて、びっくりして悟空は飛び起きた。

「起こしたか?」

暗いなか、低い声が響く。

「ううん。起きてた……じゃ、なくて」

悟空はベッドの横に立つ人影に向かって手を伸ばす。

「三蔵? なんで?」
「なんで?」

三蔵は悟空の台詞をそのまま訝しげに返す。

「だって今日は大晦日じゃんか。どうして――」

ここにいるの?
そう続けようとして、悟空は口を閉じた。

「お前、寝ぼけてるな」

微かに笑い、三蔵はベッドに腰を下ろす。

「ここは寺院じゃねぇぞ」
「そ、だったね」

西に向かう途中で立ち寄った街の宿。
大晦日ということで、夕食に宿屋の主人から振る舞い酒があって、特別に飲ませてもらって、それから――。

「あれしきで酔って寝ちまうなんてまだまだ子供だな、と河童が言ってたぞ」
「子供じゃねぇもん」
「知ってる」

言いつつ近づいて、三蔵は悟空の唇に軽く唇で触れる。

「さんぞ」

押し倒されていきながら、悟空は三蔵に手を伸ばす。

「シャワー、浴びてきたばかりじゃねぇの?」

三蔵の胸に顔を押しつけるようにしながら悟空は言う。
いつもよりも体温が高くて、石鹸の香がする。

「別にもう一度入り直せばいいだけだろ」

いたるところに唇を落としながら、三蔵が言う。

「でも除夜の鐘、鳴ってるよ?」
「それがどうした」
「だって」

煩悩を払うものなのに。
という心のなかの声が聞こえたのか、鼻で笑うように三蔵が言う。

「んなもん、効きゃあしねぇよ」
「……『三蔵』のくせに」

悟空の言葉は、重なってきた唇の合間に消えてしまう。

「なんか……ヘン、なの」

荒く、熱くなっていく息のした、悟空が呟く。

「なにが」

問いかける三蔵の声も熱を孕んでいる。

「この日に……三蔵がいるなんて」

触れる手に身を竦め、大きく息を吐き出して悟空がいう。
大晦日から元旦にかけて、三蔵は本殿で祈祷を捧げることになっていたから、いつも悟空はひとりだった。
ひとりで除夜の鐘の音を聞いていた。

「ひとりのがいいか?」
「なわけねぇじゃん」

ぎゅっと、さらに三蔵を引き寄せるように悟空はしがみつく腕に力を込める。

「ずっと一緒がいい」
「そうだな」

返された答えに、悟空は大きく目を見開いた。
意外、な感じがして。
三蔵がそんな風に言葉にしてくれるなんて、考えてもいなかった。

寺院にいた頃、この日は一年のうちでもっとも淋しい日だった。
三蔵がいないから、というだけでなく、その日三蔵が行う祈祷はみんなのために、だったから。
『三蔵』は人々のために在るもので、どんなに望んでも個人のものにはならない。
そう、言われているように感じられるから。

でも。
さっきの言葉は。

「三蔵」

悟空は花のような笑みを見せ、自分から三蔵に唇を重ねた。