【原作設定】
初詣


2008年1月1日


「やだっ、一緒がいい」

西へ向かう宿の一室。
新年早々、三蔵相手に珍しく、悟空は駄々をこねていた。
むっとした表情で、ふたりして睨み合う。

一触即発。
そんな風にも見える雰囲気は、ガタン、と三蔵が椅子から立ち上がったことで破られた。
ハラハラしながら見守っていた八戒と悟浄は、これからなにが起こるか、と身構える。
が、ふいっと三蔵は部屋を出ていき、あとには静寂だけが残された。

「……あー、悟空」

いつまでも三蔵が去って行った扉を眺めている悟空に、悟浄が声をかけた。

「しゃーないだろ。三蔵は腐っても坊さんだし、いまさらそんなとこ、って感じなんだろ。だいたいさ、お前だって寺育ちなんだから、珍しいもんでもなんでもないだろ? この街の寺って特別有名ってわけでないし、規模を比べたらお前たちのいた寺の方が遥かに大きくて綺麗だろうに、なんだってそんなに行きたがるんだ?」
「……だって、三蔵、仕事だったから」
「あ?」
「大晦日から元旦にかけて、三蔵、ずっと仕事だったから、行ったことねぇんだもん、初詣」
「……あぁ、そうか」

なんとなく灯台下暗し、といった感じだ。
悟空が初詣に行きたいと言い出して、三蔵に断られても頑として行きたいと主張していたときには、珍しいことでもあるまいしなんでそんなに執着するのか、と悟浄も八戒も不思議に思っていたのだが。

「ふたりで行ってみたかった、のに」

少し泣きそうな表情で、ぽつりと悟空は呟く。

「えっと、じゃあ……」
「でもね、悟空」

それを見て、『俺らと行くか』と言おうとした悟浄の台詞は、八戒に遮られた。
それでは意味がない、ということだろう。

「三蔵はあれでも偉いお坊さんですから、こんなときにお寺に行って、そこでバレたらたいへんな騒ぎになってしまいますよ。三蔵法師がいらっしゃった、って。お経をあげてくださいとかなんとかいわれて、結局、寺院にいた頃と同じく働かなくちゃいけなくなっちゃうんで、きっとそれが嫌だったんでしょう、三蔵は。あなたと行くのが、ではなくて」
「あ……、そうか」

悟空は少し驚いたかのような表情を浮かべた。
そういえば、この街に着く少し前から、三蔵は三蔵法師の正装ではなくどこにでもあるような服を着ていた。

「俺、三蔵に謝ってくる」

八戒と悟浄がほっとしたように顔を見合わせるなか、悟空は部屋を飛び出した。
どこに三蔵がいるのか。だれかに聞かなくても、なんとなくわかった。
ただ自分の心に導かれるままに歩いて。
宿の裏手の路地で、三蔵を見つけた。

「三蔵っ」

煙草を片手に、壁に寄りかかる三蔵のもとに走り寄る。

「ごめん、あの……」

三蔵はちらりと横目で悟空を見ると、煙草を投げ捨てて歩き出した。

「三蔵っ」

そんなに機嫌を損ねたのだろうか、と慌てて悟空はその後を追うが。

「すぐに帰るからな」

言われて、きょとんとした表情を浮かべる。

「なにをしてる」

三蔵が振り返った。

「行くぞ、悟空」

呼びかけに、ようやく一緒に初詣に行ってくれるのだと理解した悟空は、満面の笑みを浮かべた。

「待てよ!」

そして三蔵の腕に飛びつくようにして、腕を絡めた。