【原作設定】
祈り
夜中に、息苦しさを覚え、ふと三蔵は目を開けた。
金縛りか?
一瞬、そんなことも考えるが、目を少し下に転じて、すぐに疑問は氷解した。
そこには、ぎゅっと三蔵に抱きついている小猿が見えた。
「……何をしてるんだ、てめぇは」
眠りは深い方ではない。
折角の安眠を妨害されて、三蔵の機嫌は氷点下にまでさがった。
小猿がベッドに潜り込んでくることはこれまでも多々あった。
怖い夢を見たとかそういうことを言って。
だが、たいていは、気づかないうちにそっと入り込んでくる。
朝になって、隣で寝ている小猿を発見し、何ともいえない気分になるのが常だ。
そう。
眠りは深い方ではない。
だから、こんな風にベッドに潜り込まれて、気づかないはずはないのだ。
それなのに。
朝になって、隣で眠る穏やかな顔を目にすると、それだけこの小猿に気を許しているだという現実を突きつけられている気分になる。
「おい、こら」
だが、今日は違っていた。
気づかれれば、容赦なく三蔵に蹴落とされることがわかっているから、こっそりと潜り込むのに、今日に限っては、まるで気づいてくれるのを願っているかのように抱きついてきている。
「悟空」
名前を呼ぶと、ようやく長い髪が揺れて、悟空が顔をあげた。
「ヤな夢、見た」
ぎゅっと夜着を掴んで、悟空が言う。
「三蔵が怖い顔して、どっかに行っちゃう夢。離れ離れになっちゃう夢」
それを聞いて、三蔵はふと違和感を覚えた。
いつもの『怖い夢』は、こんな風に具体的ではない。
ただ、置いていかれる気がする、と言うだけだ。
夢の中では、もしかしたらもっと具体的なものも見ているのかもしれないが、悟空が目を覚ましたときに残っているのは、そんな感じだけ。
ただ闇雲に怖くて、それでベッドに潜り込んでくる。
そこに三蔵がいるのを確認して安心するために。
だが、今日のは。
「ただの夢だろ?」
「でも、ヤダ。三蔵と離れるのは、ヤダ」
ますますぎゅっと夜着を掴み、悟空は三蔵にと身をすり寄せた。
ふっ、と三蔵はため息をついた。
「……俺は、お前をいらない、と言ったのか?」
そう聞いてみたのは、自分が預かり知らぬ夢の中とはいえ、そんなことを言うはずがないと思ったからだ。
「ううん」
案の定、悟空は首を横に振る。
「じゃあ、大丈夫だ。離れてもいつかまた会える」
「……本当に?」
「嘘をついてどうする」
そういうと、悟空が満面に笑みを浮かべた。
「そっか。じゃ、大丈夫だな」
それから、胸にすり寄って、そのまま目を閉じる。
「おい、こら、猿。自分の寝床に戻れ」
「も、眠……い……」
言うそばから力がぬけていき、すぅ、と寝息が聞こえてくる。
「おい」
だが、手にした夜着はしっかりと握られたまま。
揺すっても離れる気配もなければ、起きる気配もない。
三蔵は、またもやため息をついた。
布団をかぶって寝なおすことにする。
諦めたかのように。
だが、しっかりとその手は悟空の背中に回し。
唯一、執着しているといえるのは、この子供の存在だけ。
例え離れたとしても、またその手に取り戻すだろう。
この子供がそれを望む限り。
願わくば。
この手を離すことを、この子供が望むことのないように。
そんな祈りのような気持ちを抱え、三蔵は再び眠りについた。